虚構の覇者sheet5:勝敗のゆくえ
競技開始からわずか数分で、AI枠である十六番が手を挙げた。
「おっと、これは早い!十六番、これがAIの実力か。人類の脅威となりうるのか〜」
MCが大袈裟に盛り上げる。
アシスタントがUSBメモリでファイルを回収しに行く。
「競技では速さと正確性が審査されます。こちらの用意した結果と比較して相違がないかがポイントになります」
解説者はメモリを受け取ると、検証を始めた。
その間に、二番手として手を挙げたのはエルだった。
「こちらも早い!Xエルフさんだ!だが、AIにはわずかに及ばずかぁ」
MCとしては予想以上に早く決着がついたのだろう。もう少し緊迫したデッドヒートを演出したかったのは、主催側も同様だ。
AIの分析結果は主催者側のものと完全に一致し、見事に優勝を果たした。
一方で、エルの分析結果にはわずかな差異があり、早さで三番手だった参加者の正確性が高く評価され、彼が二位となった。
エルは残念ながら三位入賞という結果に終わった。
「惜しかったな、エル」とアキラが労いの言葉をかける。
「AIはイレギュラーですし、実質一位か二位みたいなものですよ」と育美もエルを擁護する。
「おー、SNSでプチバズってますよ」と薔薇筆がスマホを見せる。
ハッシュタグでこの展示会を検索すると、「美人エルフ、競技プログラミングで入賞」とある。先ほど上位三名がステージに上がり表彰された時の写真がアップされており、"いいね"が四桁に迫る勢いである。
「賞品欲しかったなぁ」とエルはぼやいていたが、勝負に負けたことに対してはさほど悔しがっている様子はない。
「ペンちゃん、展示会は今日最終日だけど、撤収の後は会社で打ち上げとかするのか?」とアキラが尋ねると、薔薇筆は、
「機材を社用車で持ち帰る人もいるので、それは別日ですね。僕は彼女も来てますし」と答える。
「そっか、二人水入らずなら飲みに誘うのはヤボか…」
「何言ってるんですか!それなら行くに決まってるじゃないですか!早めに終わらせますから、育ちゃんと待っててください」と薔薇筆は急いで自社ブースへ戻って行った。
「終了時間までまだ三時間もあるのにね」と残された育美とアキラは笑い合った。
展示会終了後、四人は一旦東京に戻り、下町の居酒屋を訪れた。そこは日本の銘酒が豊富に揃っており、飲み比べができることを事前に調べてあった。
エルは往来の間、ニット帽を目深に被り耳を隠していたが、店内でほろ酔い気分になり、途中で帽子を脱いでしまった。
普段はあまり人に干渉されないものだが、その日は少し事情が違った。
隣の四人席で飲んでいた一人がこちらに話しかけてきた。
「お楽しみのところ申し訳ありません。そちらの方は本日幕張のイベントに出ていらしたXエルフさんでしょうか?」
男はそう言いながらスマホのSNSを見せる。
「そうれす、ワタスがXエルフれす!」
アキラですら、こんなに酔っているエルを見るのは初めてだった。
聞けば彼らはIT関連の企業に勤めるSEで、展示会に来ていたとのこと。
「いやぁ、今もあなたの話をしていたところなんですよ。こんなところで会えるなんて光栄です!」
そこからは席を仕切る衝立を壁に除けて、二組で談笑する流れになった。
SEの一人が言う。
「それにしても、プログラムの正確性のほう、惜しかったですね。原因は分かっているんですか?」
「うん、分かってる」と、半ば目をとろんとさせながらエルが言う。もう完全にアキラに寄りかかっている。
「アキラさん、そろそろ新幹線が…」
薔薇筆に促され、帰り支度を始める。
SEの四人組は奢ると言って聞かないので、お言葉に甘えることにした。最後に一緒に写真を撮り、LINEのアドレスを交換して別れた。