虚構の覇者sheet3:東京〜幕張
エルにとって今回の遠征は初めての経験が多いものとなった。
イベント当日に移動することもできたが、せっかくの機会なので前日に東京に泊まり、観光を楽しむことにした。
初めて新幹線に乗り、車窓から富士山を眺めた。
浅草では仲見世通りを歩き、人力車に乗り、お昼にはもんじゃ焼きを楽しみ、夜にはスカイツリーに登った。
ホテルに泊まるのも初めてで、バイキング形式の朝食も新鮮な体験だった。
食後のコーヒーをゆっくり飲んでいると、テーブルの上のスマホが震えた。
「おっ、グッさんからLINEだ」
アキラはスマホをエルに見せた。
「オム、いい子にしてるみたいね」
そこには、川口に抱かれているオムの写真があった。
猫のオムは川口に預けていた。
「俺やカミさんの『猫飼いたい病』が再発したら、その子を養子にもらうからな」
と言って、預かりを快諾してくれた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
アキラはそう言って、冷めたコーヒーを飲み干した。
浅草橋のホテルからは中央・総武線で幕張まで一本で行ける。
現地で育美さんと合流し、コスプレの衣装を受け取る予定だ。
受付でもらったパンフレットを頼りに、薔薇筆の企業ブースを簡単に見つけることができた。そこには育美もいた。なんと、彼女も女海賊のコスプレをしている。
「じゃあ、私がエルさんをバックヤードに案内してくるね」と言って、女海賊に扮した育美は、ブースの裏に置かれた荷物と共にエルを引き連れ、会場をどんどん進んでいった。エルがバックヤードで着替えて戻ってくるときには、女海賊とエルフというちぐはぐなコンビが誕生することだろう。
手持ち無沙汰なアキラは、「時間を潰してくる」と薔薇筆に告げ、会場を見て回ることにした。
会場を一巡りして戻ってくると、女海賊とエルフがブースの前でビラを配っていた。エルのコスプレ衣装代を薔薇筆の会社がまとめて支払ってくれることになり、その代わりにバイトとしてビラ配りを引き受けたらしい。
昼食をブース裏で簡単に済ませ一息ついた頃、競技プログラミング出場者を招集する館内アナウンスが流れた。
今回はアキラが同行した。
メインステージを正面から降りた区画がプラ柵で囲われ折りたたみ式の長机が八台、それぞれ二台ずつノートPCが置かれている。
全部埋まるとすれば、参加者は十六名か。
ノートPCの背面には番号の書かれた紙が貼られており、イベントスタッフの指示で席が割り振られた。エルは前列三番目の席だった。
メインステージの背面には大きなプロジェクターがあり、ルール説明や参加者のPC画面をミラーリング出来る様になっている。
もちろん競技中はオンライン会議の様に、PCの内蔵カメラで出場者の顔も映し出される。
ほどなくして、競技プログラミング開始の館内アナウンスが流れた。
出場者たちを囲むように、プラ柵の外側にはギャラリーが集まり始めた。
アキラはできるだけエルの近くに位置取り、かろうじて彼女の顔が見える場所を確保した。
薔薇筆と育美も企業ブースから駆けつけてくれた。
テクノ風にアレンジされたファンファーレが響き渡り、競技プログラミングが始まった。