9.しょぼい俺の特技
何人もの兵士が、そこら中でうめき声を上げていた。けれども誰一人死んじゃいない……そりゃそうだ、あんなに優しいアリスが人を殺すわけがない。──当の本人は、たくさんの血を流して倒れていた。
「ことば、さま……?」
「間抜けめ、戻ってきたのか?」
悪辣な笑みを浮かべながら、バンドンは握っていた剣を俺に向けてきた。血が滴るその剣を見れば見るほど、俺は心の中が大きく熱くなっていくのを感じた。
「一応聞いてやる。──何のために、戻ってきたんだ?」
「……っ! こっ、この本が目に入らぬかーっ!」
何処かで見た事がある古臭いドラマの台詞を引用し、俺は盗んできた古ぼけた本を突きつける。
「この本は大事なものなんだろう!? 破られたくなきゃ、今すぐその子から離れるんだ!」
「やってみろ、貴様ごときに破れるのであればな」
半分ぐらい破ってやったほうが、あの威勢を崩せる。俺は力いっぱい本を掴んで引っ張った……だが、破れない。ページ一枚すら、どれだけ力を入れても引き千切れない。
「その魔導書は強力な魔法がかかっていてなぁ、魔力のないお前には破れん」
「そんな……!」
「貴様が魔法使いであれば話は変わったのだがなぁ……まぁ、高速詠唱を使えんお前に、その魔法は使えんがな」
人質作戦は失敗。運の悪いことに、周りの兵士たちも徐々に起き上がってきている……まずい、このままでは!
「かかれぇい!」
迫りくる兵士。丸腰の俺は、うっすらと流れる走馬灯を見た。大学受験にも就職にも失敗した……俺のクソッタレな人生を。特技なんて、なんにも……あっ。
(俺の、特技)
ふと、それを思い出す。
誰にも誇れない、されど誰にも負けないその特技……俺はこの世界で二度もそれを使った。もし、そうであるならば。
俺は祈るような気持ちで、魔導書のページを開く。そこには文字があった、さまざまな魔法が載っていた……ああ、やはりそういうことか。
(やってやるよ)
舌を、口を……顎を。
全ての感覚を、口元の呂律に集中させた。