花宴(はなのえん)
石田三成は考える。
目に見える戦いは、まだ始まっていない。
だが、目に見えない戦いは、とっくに始まっている。「西軍だ」「東軍だ」と、形の上では分かれているが、「本心では日和見」という者は決して少なくない。
この先、いつ誰が裏切り者になるのか。それによって、戦いの勝敗が入れ替わる可能性がある。
東軍に裏切り者が出れば、西軍が勝ちやすくなるし、その逆も然りだ。いかに自軍に裏切り者を出さないか、それが重要になってくる。
そういう意味では、西軍の方が分が悪いだろう。
石田三成は自分の不人気を、多少なりとも自覚していた。西軍の総大将が毛利輝元なのも、それと無関係ではない。
だから、なおさらわかりやすい形で、「西軍が有利」ということを、早期に示しておく必要があった。
西軍が有利だと知れ渡れば、日和見している者たちは、我先にと勝ち馬に乗ろうとするはず。ここで西軍を裏切っても損だ、と考えるに違いない。
そんな連中に対して、上から目線で「お前の忠義は何色だ?」などと問いただすことは、現時点では考えていない。
今回の戦いでは、一気呵成に家康に勝つ。それが重要だ。戦場において、数は力である。味方は多いに越したことはない。
ただし、これは逆の場合にも当てはまる。「東軍が有利だ」となれば、西軍内から裏切り者が続出するだろう。その結果、味方は減少、敵は増加。数の力に押し潰されてしまう。
「さて、どうするか」
石田三成は考える。
この状況で、戦場に東軍の総大将・徳川家康が、たった一人で現れたのだ。
あの家康、おそらくは影武者だと思うが、あれをうまく利用できれば・・・・・・。
石田三成は返しの策を練りながら、こうも考える。
(もう少し様子を見るか)
とりあえずは、島津軍が捕獲したようだし、しばらくは任せておこう。下手に自分が口を出して、島津義弘にへそを曲げられても困る。
島津軍は強い。あれが裏切って、東軍に味方しようものなら・・・・・・。
想像しただけで、首筋が冷えてくる。
島津軍の扱いは慎重を期さねば。
部下に命じる。島津軍に酒を贈るように。名目は任せる。
「そのついでに、問題の家康をちょっと見てきてくれ」
奴は本物か。それとも、偽者か。
また、関ヶ原に一人で来た。その意図をそれとなく探ってくるよう、石田三成は命じた。
そこに一人の男が急ぎ足でやって来る。
島左近だ。
盟友の訪問に、石田三成は表情を緩める。
「ちょうど良かった。左近、少し意見を聞きたいのだが」
「申しわけありませんが、今は一刻を争います」
島左近が早口で、ある策を告げてきた。