ぽつんと家康(いえやす)
まず味方を探した。次に敵だ。
現状をつかむのに、それほど時間はかからなかった。
しかし、その事実を受け入れるのには、そこそこ時間がかかった。
だだっ広い戦場に孤立無援の状態。まるで夢でも見ているようだ。
(あれ? ここに集合って話じゃなかったっけ?)
大阪城を前にして、徳川家康は少し混乱する。
とはいえ、今の状況を把握するのに、それほど時間はかからなかった。
前方に味方はいない。
その一方で、敵はいる。目の前には、真田幸村の軍が布陣していた。
そこから敵兵が次々と出撃してくる。
なぜ、味方が誰もいないのか?
家康は馬に乗ったまま考え込む。
思い出すのは昔のことだ。十五年前の関ヶ原。あの時も同じようなことがあった。ぽつんと家康。
敵兵の中に、真田幸村らしき男の姿も見えた。ものすごい形相で、こちらへと迫ってくる。
(に、逃げられるかな・・・・・・)
巨大な大阪城を前に、孤立無援の戦いが始まろうとしていた。
いきなり敵兵たちが槍を投げてくる。
危うし、家康。
ところが、家康の前に二つの影が飛び出してくる。
どちらも馬に乗っていた。片方は槍を、もう片方は刀を構えている。
「何となく昔のことを思い出すな」
「わかります。懐かしいですね。関ヶ原、ぽつんと家康、ああ無念」
トラカドとミササギである。
二人は関ヶ原の戦いを生き残った。そして、色々あって今は、徳川家康の親衛隊になっている。
トラカドとミササギはそれぞれの武器を使って、敵兵たちの槍をすべて防ぎきった。
「さて、逃げましょうか。大殿、もう少しだけ囮役をお願いします」
「・・・・・・やはり、そういうことか」
家康は少し不機嫌になる。囮役にするなら、最初から教えてくれてもいいのに。
とはいえ、これが重要な作戦だということは理解できる。
この戦いの鍵を握るのは真田幸村だ。あの男に陣中にずっと籠もられては、戦いが長引いてしまう。何が何でも陣の外におびき出して討つ、その必要があった。
真田幸村が兵たちを率いて、こちらに迫ってくる。
家康は馬の向きを変えた。
そこに、かわいらしい声が飛んでくる。
「大殿さま、天王寺方面へとお急ぎください」
背の低い女忍者が馬に乗ってやって来る。「コレンゲ」だ。まだ年齢は十五に満たないが、なかなか優秀な忍びである。家康は重宝していた。
「棟梁からの伝言です。真田幸村を仕留める罠、その準備が整いました。いつでもいけます」
つまり、天王寺の辺りまで逃げきれば、この戦いは勝てるということ。
家康がそう考えた直後、今度は矢の雨が降ってきた。
「ここは拙者たちに」
「お任せください」
家康にはトラカドが、コレンゲにはミササギがついた。
先ほどと同じように、自分たち目がけて飛んでくる矢をすべて、それぞれの武器で払いのけていく。
その結果、四人は無傷だ。
「大殿さま、もしものことがあってはいけません。早く逃げましょう」
心配そうにコレンゲが言う。
「よし。退こう」
家康はしみじみと思った。十五年前とは違う。
関ヶ原では敵だった二人が、今は味方だ。非常に心強い。
「ミササギ殿、これを」
トラカドが自分の馬の手綱をミササギに渡した。
そうしておいてから、馬に乗る向きを変える。前後が逆だ。トラカドは今、背中は「馬の首」の方に、顔は「馬のおしり」の方に向けている。
四頭の馬が走り出した。トラカドの馬は、ミササギが手綱を引いている。
敵兵がまたもや槍を投げてきた。
しかし、殿を務めるトラカドが、自分の槍を車輪のように高速回転させる。こちらに命中しそうな槍を、すべて防ぎきった。
トラカドの実力は知っているので、家康に不安は少ない。
また、こちらにはミササギもいる。その実力は折り紙つきだ。彼女は親衛隊の筆頭格。
とはいえ、相手はあの真田幸村だ。油断は禁物だろう。今はとにかく逃げるのみ。
ぽつんと家康ではなく、三人と家康。
四人は一路、天王寺方面を目指す。大阪城を背に、四頭の馬が戦場を駆けていった。
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