紅葉賀(もみじのが)
「島津軍が家康らしき男を捕らえた、だと?」
そう聞き返す石田三成。
そのあと大笑いすると、報告してきた部下に言う。
「それはないな。考えてもみろ。本物の家康がたった一人で、戦場に出てくると思うか? 奴は異常なまでに慎重だ。臆病すぎると言ってもいい。しかも、下品な田舎侍だ。優秀な側近たちがいなければ、タヌキの置物同然の男。そんな奴が一人で、この関ヶ原にやって来ると思うか?」
この時、石田三成は指でさり気なく、部下に合図を送っていた。
「・・・・・・思いません」
合図の通りに返す部下。こういう演技には慣れている。
石田三成の周囲には、西軍の武将たちが十人以上いた。今ちょうど東軍への備えについて、話し合っていたのだ。
といっても、重要な軍議ではなく、雑談に近いものである。島左近や島津義弘の姿は、この場にない。
部下からの返事を受けて、石田三成は言う。
「まあ良い。その家康の件、見間違いか何かだろう。無視して構わん。お前には別の指示を与える」
そこで一旦、他の武将たちに対して、
「少しお時間をいただきたい」
一言告げると、部下ともども陣の奥へと下がっていった。
周囲の人払いを済ませると、石田三成は口調を変える。
「先ほどは他の者たちの前で、恥をかかせてすまなかった。で、お前はどう思う? あの家康は本物か、偽者か?」
「偽者だとは思いますが・・・・・・」
口ごもる部下に対して、
「そうだな。偽者というのが常識的な判断だ。しかし、今は忌憚のない意見を聞きたい」
「では、率直に申し上げます。仮に偽者だったとして、なぜ一人で関ヶ原にやって来たのか。島左近様や島津義弘様が偵察を出した、というのも気になります。どちらも凡小な御仁ではございません」
はきはきした物言いに、石田三成は微笑した。
「同感だ。だから、無視するわけにはいかない。あの家康っぽい男の単独出陣、何かの策なのか、それとも、いくつかの偶然が重なり合った結果なのか。そこら辺を確認しておきたい」
もしも、あれが東軍の奇策なら、逆に利用するまで。
用意周到な策ほど、融通が利かぬものだ。一度動き出したら止められない。
なので、その策の最も弱いところを、正確に狙い撃ちしてやる。
それで東軍の策は崩せるはずだ。そうなった時、被害を受けるのは、相手の方になる。
「さて、どうするか」