大雪(たいせつ)
この援軍が予想外だったのは、宇喜多秀家軍だけではなかった。
井伊直政軍の騎馬隊を任されている黒田長政も一瞬、思考が止まる。
しかし、すぐに現状の把握に動いた。
井伊直政殿からは何も聞いていない。
はたして、この援軍は本物だろうか。それとも、偽物だろうか。
援軍が本物ならば良いが、もしも偽物だった場合、それに敵がだまされてくれるかどうか。
またもや、雄叫びが聞こえてくる。味方の足軽たちが布陣している場所、そのさらに後方からだ。
今ので確信した。間違いない。本物の援軍だ。援軍の兵たちが雄叫びを上げている。
まだ少し距離がありそうだが、声の大きさからして、兵の数は五千以上。
「この機を逃すな!」
黒田長政は叫んだ。
それで指示は十分だった。味方の騎馬隊、その力が一気にふくれ上がる。
ここが攻め時だ。これまでを上回る勢いで、井伊直政軍の騎馬隊が、宇喜多秀家軍の側面を食い破った。そのまま内部に進入していく。
なおも敵は踏みとどまって戦おうとしているが、勢いの差は歴然だった。
とはいえ、宇喜多秀家軍はまだ、ある程度の隊列を保っている。
しかし、ここで東軍の足軽たちから、新たな歓声が上がった。
黒田長政がそちらに視線を向けると、二人の男が最前線に出てくるところだった。
黒い具足の本多忠勝と、赤い具足の井伊直政だ。
一騎当千の猛将が二人。どこからでもかかってこい、と馬上で槍を構えている。
これが決め手となった。東軍の足軽たち、その士気が一気に跳ね上がる。もはや「はりぼて」ではない。
宇喜多秀家軍の諸将は自分たちの不利を悟った。
今や戦いの流れは東軍にある。
ならば、やるべきことは一つ。
「退却だー!」
一人が叫ぶと、それが味方全体に広がっていく。退却という判断に、反対する者はいない。
だが、ここで性格の差が出た。
我先にと一目散に逃げる部隊もあれば、傷ついた味方を救出しながら逃げる部隊もある。
黒田長政は感心した。
井伊直政軍の騎馬隊は、前者の部隊ばかりを狙っている。後者の部隊に対しては、あえて見逃していた。
敵を討った数を誇りたいのなら、足手まといを連れた部隊を狙った方が、効率はいいだろう。
しかし、そういうことはしていない。
(さすが、井伊直政殿の部隊だ)
また、黒田長政は宇喜多秀家軍にも感心した。
傷ついた味方を救出しながら逃げる部隊、その数が思ったよりも多いのだ。
たしかに、傷ついた味方を助けることは、恩賞の対象になる場合もある。
だが、今ここで実際に行動している者たちは、恩賞目当ての顔とは違っていた。仲間を助けたい、その一心で動いている。恩賞がなくても、彼らは同じことをしただろう。
(敵ながら見事)
こういう相手は強い。
しかし、倒しがいもある。
しばらくして、宇喜多秀家軍が完全に去っていく。
黒田長政は追撃の指示を出さなかった。




