処暑(しょしょ)
関ヶ原の真ん中で、本多忠勝と立花宗茂、東西両雄の槍と刀が激しくぶつかり合っていた。
特に、槍が戦いの中心になっている。力と力による激突だ。
馬に乗った両者は、円の外周を回るようにして戦っている。
相手の攻撃をすべて力で受け止めるのではなく、どちらも適度に受け流していた。
相手の攻撃をいなす時に、その衝撃を自分の片側に素通りさせる。この時、馬は自然と、衝撃の来なかった方へと横移動する。これの繰り返しだ。
本多忠勝と立花宗茂は、馬と一緒になって、ぐるぐるぐるぐる回っている。
この戦いの中で、あの二人が何周くらいするのか。それをミササギが数え始めたのは、途中からだった。
そのあと、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。本多忠勝と立花宗茂、両者の背中を三回ずつ見ている。
本多忠勝の背中がまたもや自分の正面に来た時、そこに斬りかかろうとは思わなかった。
そんなことをしても無駄だ。次の瞬間、自分は死体になっているだろう。
今いる場所からあと少し近づいたら、二人の攻撃が同時に飛んできそうだ。邪魔者には死あるべし。そんな共通認識が、あの二人にはできている気がする。
なので、黙って見ているより仕方がなかった。
一方、自分の隣ではトラカドがぶつぶつ言っている。
もしも本多忠勝と再戦するなら、どう戦うかを考えているようだ。それに没頭するあまり、その内容が無意識の内に、口から出てしまっている。
「鉄砲を使って、先に馬を狙えば・・・・・・」
ミササギは微笑する。槍や刀だけを使った勝利は、とうにあきらめているらしい。トラカドも決して弱くはないのだが・・・・・・。
(賢明な判断ですね)
あの二人は、怪物を超えた怪物。正面から戦って、どうにかなる相手ではない。
何か作戦が必要になる。
(先に鉄砲で、本多忠勝の馬を仕留める、か)
なるほど。悪くない案かも。
そこでミササギは思考を瞬時に切り替える。
あの二人の殺気がさらに濃くなったような。自分の愛馬が怯えている。
本多忠勝と立花宗茂が同時に、刀を鞘にしまった。槍のみでの攻防に専念する気らしい。
そこから先、戦いの速度が上がった。槍の動きが、地上の流星群と化している。
その大半を、ミササギは目で追いきれなかった。
ただし、これだけは感じる。決着が近い。怪物たちの殺気がそう告げている。
はたして、勝つのはどちらなのか。
東軍最強の本多忠勝か。
それとも、西軍最強の立花宗茂か。
ミササギは馬の手綱を強く握りしめる。この決着を絶対に見逃さない。
怪物たちの目が光った。
槍が唸る。最大級の一撃だ。
力の圧縮、そして爆発。
槍同士の激突で、大気が揺れた。周囲の音が一瞬で消し飛ぶ。ひたすらに白。時間さえも凍りつく。
そして・・・・・・。
白が少しずつ明けていく。時間がゆっくりと動き出した。
ミササギが見ている前で、立花宗茂の体勢がぐらつく。
両者の今の一撃、それぞれ申し分のないものだった。
しかし、優劣がついた。
この勝負を決めたのは、乗っている馬の差。
立花宗茂の馬が、先に音を上げたのだ。疲れきって、その場にへたり込んでいる。
それに対して、本多忠勝が乗っている馬には、まだ余力があった。
やれやれと馬を降りる立花宗茂。
「ここまでありがとな。ゆっくり休んでくれ」
そう言って、馬の首をさすった。
そのあと、自分だけ横に移動すると、
「さて、続きといこうか」
立花宗茂は騎乗の相手に槍を構える。
だが、本多忠勝は臨戦態勢をとらなかった。
穏やかな声で、こう告げてくる。
「続きは、またの機会にとっておこう。今回は引き分けだ」
「おぬしの勝ちでも、別に構わんぞ」
自分はまだまだやれるけどな、そう言いたげに、立花宗茂は槍を軽く振るう。
「いや、遠慮させてもらう。勝ったのは馬の差だった、と他の者たちに思われるのは不本意だ。いずれまた、きちんとした形で決着をつけたい」
「そっちの勝ちで良いと言ってるのに。おぬし、なかなかの堅物だな」
「同じことを半蔵にもよく言われる。あいつの方が堅物だと思うのだが」
このあと二人は、相手の顔を見て微笑する。
最高の相手との死闘。一度の人生で何回も味わえるものではない。
「楽しい勝負だった」
両者の声が重なる。心の底からの言葉だった。
そのあと短い沈黙を置いて、
「では、さらばだ」
東軍最強の本多忠勝が馬の向きを変える。関ヶ原の東に向かって駆け出した。
「ああ、またやろうぜ」
西軍最強の立花宗茂が返す。
この直後にミササギは動いた。
自分の役目を忘れてはいない。
――追撃するふりをして、あの東軍が関ヶ原から逃げる手助けをしてやれ。
うちの主君は東軍に対して、合戦での決着を望んでいる。
だから、このくらいの距離を保ちながら、関ヶ原のすぐ外まで追いかけるふりをするのだ。
「トラカド殿も私について来てください」
本当は置いていきたいが、そうもいかない。
それをすると、厄介事が増える。そんな気がしていた。
ミササギは馬を少し前に進めて、黒い覆面の人物に声をかける。
「何か訳ありのようですが、ひとまず島津軍の陣地に来てください」
これに素直に従ってくれるかはわからない。が、そうしてくれた方が、こっちは助かるのだ。
トラカドには聞こえないように小声で、
「あなたは今、島津軍の具足を着ていて、しかも、私の兄ということになっているので」
今後のために、口裏を合わせておいた方がいい。
必要と思うことを伝えると、ミササギは馬の足を速めた。単騎で逃げる本多忠勝、その背中を追いかける。
ところが、ここで視界の左側に砂塵の列が出現した。
何が起きたのかはわかる。
他の軍の騎馬隊が動き出したのだ。
すぐに砂塵の中から、その騎馬隊が正体を現す。あの具足は宇喜多秀家軍。
さっと見ただけでも、数が多い。おそらく千、いや、千五百はいる。
しかも、まだ後続が途切れない。どこまで数が増えるのやら。
さすが、西軍一の大兵力を誇る宇喜多秀家軍だ。この局面で、大規模な機動戦力を投入してきた。
普通の状況ならば「頼もしい援軍」だろうが、今の状況では「ありがた迷惑」。
ミササギの横に、宇喜多秀家軍の武将が一人で近づいてくる。
「ここは我らに任されよ! あの男、本多忠勝の首を、必ずや持って帰るゆえ! 島津の無念は我らが晴らす!」
大将の宇喜多秀家は自陣でお留守番のようだが、名のある武将の顔がちらほら見える。兵たちの士気もかなり高い。
そんな騎馬隊が本気の追撃を開始したのだ。
ミササギとしては、宇喜多秀家軍に怪しまれることなく、その追撃を妨害しなければならないが・・・・・・。
(無理ですね)
ミササギはあっさりあきらめると、
「お頼みします! 必ずや、あの男の首を!」
迫真の演技をする。
こうなったら、あとは本多忠勝の武運、そして、あの徳川家康の悪運に期待するしかない。
自分たちの追撃は、ここまでだ。




