大暑(たいしょ)
ミササギは匙を投げた。あとは本物の兄にがんばってもらおう。
直後に、鋭い殺気を感じた。
立花宗茂と本多忠勝。この両者がそれぞれ、相手に対して殺気を放っている。そのほんの一部が周囲にまで漏れ出していた。
(これは洒落になりませんね)
ミササギは肌がひりつくのを感じた。先ほどまでは肌の外側だけだったのに、今回のは肌の内側もピリピリする。
ついに始まるのだ。次は二人とも本気だろう。
突然、東西両雄の間で、小さな雷のようなものが十以上も弾けた。
槍と槍とが超高速でぶつかり合っている。
雷のように見えたのは、槍先と槍先とが激突するたびに、その衝撃がつくり出した副産物だ。
武器と武器を交えることによる一瞬の火花。それならミササギにもつくり出した経験がある。
しかし、火花があんな風に雷の形になるなんて、
(二人とも本当に怪物ですね)
今ならわかる。先ほどまでのは、ただの準備運動だ。
立花宗茂が片手に槍を持ったまま、もう片方の手で腰の刀を抜く。
すると、本多忠勝も同じことをした。
槍と刀とが二人の間を、千にも万にも斬り裂いていく。
どちらも人間の動きを超越していた。まるで二体の阿修羅が戦っているようだ。槍と刀とが縦横無尽に暴れ回っている。
強い。
そして、美しいとも思った。
究極と至高。極限まで鍛えられた戦の技が、惜しげもなく披露されている。
立花宗茂の右手にあった槍が、次の瞬間には左手に。
左手にあった刀が、右手へと移っている。
持ち替える動作が速すぎて、ミササギは目でとらえることができなかった。
立花宗茂は最適な攻撃を、最速で繰り出している。
それは本多忠勝も同じだ。最適、そして、最速。
両者とも攻撃がそのまま防御も兼ねている。あれほどの戦いなのに、未だどちらも有効打がない。完全に互角だ。
そこで息苦しさを感じて、ミササギはハッとする。慌てて息を大きく吸い込んだ。
危ない、危ない。この戦いに没頭していた。息をするのも忘れるくらいに。
そこまで夢中になっていたのは、自分だけではないらしい。部下たちの中には、呼吸困難で失神した者もいるようだ。この戦いは、見ている者にも負担を強いる。
あまりに規格外すぎて、どちらが勝つのか、ミササギには予想がつかない。
ここで戦いの形が変わる。
立花宗茂の刃の軌道が、急な角度に曲がった。手首の返しを使って、刀に変幻自在の動きを加えている。
これに対して本多忠勝は、槍の柄に回転を足した。槍に錐のような回転を付与する。トラカドの技をあっさり模倣した。
いや、あれが同じ技とは言えない。ミササギは息をのむ。
空気との摩擦が原因だろうか、槍の穂先が赤い炎をまとっている。トラカドの技に、あんなものはなかった。
「そいつはいいな」
そうつぶやいて、立花宗茂も真似をする。こちらの槍先も炎をまとった。
ならばと、本多忠勝の刃の軌道が、急な角度に曲がる。手首の返しによって、予測不可能な動きをつくり出した。
ミササギは戦慄する。あの二人の技量には天井がないのか。
(これが東西の最強)
長きにわたる戦国の世は、こんな怪物を超えた怪物を、地上に生み落としていたのか。しかも二人も。
そして本日、両者は戦場で巡り合ってしまった。
西軍最強の立花宗茂と、東軍最強の本多忠勝。
二人の戦いが、さらに進化する。
両者の槍先にある炎が色を変えた。
赤から青に。まるで鬼火だ。いつの間にか、同じ炎が刀の先にも出現している。
そうしてできた鬼火が、狭い空間で激しく戦い始めた。
(これが天下の最強)
両者の力は完全に拮抗していた。




