小暑(しょうしょ)
関ヶ原の南西にある松尾山で、服部半蔵が窮地に陥っている頃。
(これが最強格同士)
ミササギは眼前で繰り広げられている戦いを、食い入るように見ていた。
西軍最強の立花宗茂と、東軍最強の本多忠勝。
二人は馬上から猛烈な勢いで、相手目がけて槍を繰り出している。
どちらもトラカドとは雲泥の差があった。一撃一撃の強さ、速さが違いすぎる。
自分も部下たちも、一言も発しない。二人の猛者による、槍と槍とのぶつかり合う音だけが、関ヶ原に響き渡っている。
ところが、急に立花宗茂が槍を止めた。本多忠勝もだ。
二人はそれぞれ肩を軽く回すと、
「そろそろ準備運動は終わりにするか」
と立花宗茂。
「いいだろう」
と本多忠勝。
二人そろって笑っている。
ミササギは戸惑うしかなかった。
(今のが準備運動・・・・・・)
だったら、自分が普段やっている準備運動は何なんだろう。
部下たちからも、ざわめきが起きている。
この二人の戦い、まだ序盤にすぎない。さらに先がある。凡人には絶対に到達できない領域だ。
(五年、十年、いや、それ以上か・・・・・・)
ミササギは考える。この二人の領域に自分がたどり着くためには、どのくらいの年月が必要なのか。はっきり言って、想像がつかない。
絶望がある。
と同時に、興奮もした。この戦いを特等席で見物できるのだ。
そこで、すぐ隣に馬の足音がやって来た。
「すまない。ふがいないところをお見せした」
トラカドだ。
「ご無事なようで何よりです」
ミササギは顔を向けずに返した。トラカドには悪いが、今は立花宗茂と本多忠勝、あの二人から目を離すわけにはいかない。その武勇のすべてを、この目に焼きつけておきたいのだ。
とはいえ、準備運動のあと、二人の戦いは中断したままだ。
立花宗茂と本多忠勝はそれぞれ、馬の首をさすったり、槍の穂先を確認したりしている。
本気で戦うための最終準備を、一つ一つこなしていた。それらがすべて終われば、戦闘再開だろう。
この時間を利用して、トラカドが話しかけてきた。
「あの覆面をされている人物、ミササギ殿の兄者であるとか」
疑っているような口ぶりではないけれど、ミササギは警戒する。
「そうですよ。私の兄です。島津軍の人間ですよ」
平然と答えた。堂々としていれば、ウソは案外ばれなかったりする。
それに、自分に兄がいるのは本当だ。半年前まで薩摩で山ごもりをしていたが、現在は九州各地を転々としている。
「あとで拙者を、貴殿の兄者に紹介していただきたい。あの御仁の下で、色々と学びたいのだ」
は?
ミササギは耳を疑った。
急いで頭を整理する。
「えーと、つまり、私の兄の弟子になりたい、と。そういうことですか?」
「よろしくお頼み申す」
トラカドの声は本気だ。冗談ではないらしい。
これは面倒なことになったかも。
あれは本物の兄ではない。覆面の下はたぶん「立花宗茂」だ。
本物の兄の方は、「天下無双の陶芸家を目指す!」とか言って、九州各地を旅している。
「ええと、兄はものすごく気難しい人で」
ウソではない。
「あと、まだ弟子をとる感じではないらしくて」
これもウソではない。陶芸に関して、「自分はまだまだ未熟だ」と、前に会った時にこぼしていた。
「しかも、陶芸にうるさいですよ。武芸を学ぼうにも、陶芸の話しかしない気が」
「それなら大丈夫。拙者も陶芸には興味がある。よろしくお頼み申す。この通りだ」
「・・・・・・」




