夏至(げし)
この「小早川秀秋の秘密」、今は亡き豊臣秀吉は知っていた。
数年前、本物の小早川秀秋から、「影武者の方を表に立たせ、自分は裏でこそこそしたいのですが」という願い出があったのだ。
それを秀吉は、「期間限定なら」という条件つきで、特別に許可した。
いずれ茶会か酒宴かで、小早川秀秋の真実を明かして、参加者たちを驚かせるつもりだったらしい。秀吉のお茶目な一面である。
ただし、それまでに真実が露見しては面白くない。秘密は絶対に隠し通さなければ。
そこで自分たち以外にもう一人、立花宗茂も巻き込むことにした。
豊臣秀吉が大阪城に小早川秀秋と立花宗茂を呼び、深夜に三人だけの会合を開いたことがある。
その場で立花宗茂は、秀吉から密命を受けた。
――小早川秀秋の秘密がばれないように、協力せよ。
だから、立花宗茂は真実を知っている。
しかし、服部半蔵は知らない。他の戦国大名たちも知らない。
山蔓の腕輪を、服部半蔵はちらりと見る。まだ赤くはなっていない。
(ならば、ここで勝負に出る)
この男は強い。命をかける必要があるだろう。
(だが、そうするだけの価値はある)
服部半蔵は刀を抜いた。レンゲを除く部下たちも、臨戦態勢をとる。
レンゲだけは周囲の警戒だ。小早川軍の兵たちに囲まれれば、こちらは万事休す。
(そうなる前に、こいつを仕留めなければ)
服部半蔵は刀の先を、優男に向けた。
部下たちが動く。素早く手裏剣を取り出すと、全員が同時に投げた。
狙う場所はばらばらだ。相手の頭、心臓、背中、両脚。
直線の軌道で飛んでいく手裏剣もあれば、曲線の軌道で飛んでいく手裏剣もある。
緩急をつけた一斉攻撃だ。初見で対処するのは難しい。
ところが、優男は軽やかに舞う。
直線の軌道で迫る手裏剣はかわし、曲線の軌道で迫る手裏剣は刀の柄ではじいた。
さらに、刀を持っていない方の手で、最後の手裏剣をキャッチする。
次の瞬間、部下の一人が、真後ろに倒れた。その眉間には手裏剣が刺さっている。優男がキャッチした手裏剣だ。
投げ返す動作の速さ、そして、その正確性に服部半蔵は息をのむ。
(この男、本多忠勝に匹敵するやもしれん)
そうでなくても、井伊直政か福島正則と同程度の実力はありそうだ。自分たちが普通に戦って勝てる相手ではない。
だが、退くという選択肢はなかった。
すでに手遅れだ。
逃げるのは絶望的。相手に背を向けた時点で、自分たちの全滅は確定する。この小早川秀秋似の男を倒さなければ、活路は開けない。




