手習(てならい)
具足を着終わったところで、立花宗茂は再び思う。
(ここに来て正解だった)
なにせ、東軍最強の本多忠勝と戦うことができるのだ。心の中で笑いが止まらない。
この直後に、関ヶ原の北で狼煙が上がった。
「あれは陽動だな」
立花宗茂がつぶやくと、
「だな」
小早川秀秋にも迷いはない。あれは見え透いている。
「じゃあ、俺は行くぞ。その辺りにいる馬を一頭、適当に借りていく」
言い終わるよりも先に、立花宗茂は走り出していた。
その背中が小さくなっていく。
それを見ながら、小早川秀秋は考えた。
(居ても立ってもいられない、ということか)
まさに戦闘狂。
とはいえ、東軍最強の本多忠勝が相手だ。あの男を単独で討てる可能性があるとしたら、西軍内ではおそらく、「立花宗茂」が筆頭になる。あとは、「島津義弘」か「真田幸村」か。
(さすがに、俺の手には負えん)
怪物の相手は怪物に任せた方がいい。
すでに立花宗茂の姿は見えなくなっている。
が、小早川秀秋は声を張り上げた。
「達者でなー!」
すると、立花宗茂が走り去った方向から、部下の悲鳴と馬のいななく声が聞こえてくる。
何が起きたのかを素早く察した。
(馬くらい、静かに借りていけばいいものを)
と同時に、こうも思う。
(ああして荒っぽく借りることで、こちらの声に答えたつもりか)
あれが立花宗茂なりの返事。
優男は微笑すると、関ヶ原を眺める。
今や関ヶ原の北だけでなく、東でも狼煙が上がっていた。




