柏木(かしわぎ)
小早川秀秋が手短かに説明してくれた。
数時間前に、この関ヶ原に東軍の総大将、徳川家康らしき男が一人で現れたらしい。
相川山と桃配山の中間地点だ。
西軍で最初に動いたのは、島左近の騎馬隊だった。
次に動いたのが、島津義弘の騎馬隊である。
両者の騎馬隊の活躍によって、家康らしき男はあっさり捕縛された。で、島津軍の陣地に連れていかれたという。
そのあと、島左近の騎馬隊と島津義弘の騎馬隊が合同で、ここ松尾山にも、「あれは何だったのか」を説明しに来た。
それによると、「あの男は東軍の人間で、家康の仮装をした偽者」だという。
なんでも、「仲間内の酒の席で交わした罰ゲームを、律儀に実行した」とか。
立花宗茂は「真っ赤なウソだな」と笑った。
「まさか、それを信じたのか?」
「信じたふりをしただけだ。と言っても、連中に対応したのは俺ではないが」
実を言うと、あの家康が現れた時、小早川秀秋も騎馬隊を準備させていた。
しかし、最終的には騎馬隊の派遣を見送る決断をしている。この場面で誰が動くのかを知りたいと思ったのだ。
そうやって様子見をした結果、動いたのは「島左近」と「島津義弘」だった。
「東軍に寝返りそうにない二人だな」
立花宗茂は正直な感想を口にする。
「自分も同意見だ。重要なのは、そこじゃない」
小早川秀秋は急に顔を近づけてくると、
「武田信玄」
そうつぶやいてきた。
思いがけない名前がいきなり出てきたので、立花宗茂はきょとんとする。
小早川秀秋が顔を近づけてきたのはおそらく、他の者たちに聞かれたくないからだろう。
姿を隠してはいるものの、この周囲には小早川軍の人間が何人も潜んでいるのだ。彼らにもその内容を伏せておきたいらしい。
「武田信玄か。なぜ、その名前がここで出てくる?」
相手に合わせて、ひそひそ声になる立花宗茂。武田信玄という名前、かなり久しぶりに聞いた気がする。
ところが、こちらの質問に対して、小早川秀秋は無言のまま、意味ありげな視線だけを返してきた。
両者の間で沈黙が一分ほど続く。
そのあとようやく、小早川秀秋が語り出した。
「去年、武田信玄から妙な書状が届いた」
武田信玄と言えば、偉大な戦国大名の一人だ。
ただし、亡くなってから三〇年近くが経っている。
「その書状、どうせ偽物だろう」
つまらないことをさも意味ありげに言うな、と立花宗茂は思った。
しかし、小早川秀秋は話を続ける。
「武田信玄からの書状、たしかに偽物の可能性もある。が、そうじゃない可能性もある」
問題の書状を持ってきた使者の話を信じるなら、武田信玄が亡くなる前にしたためたものらしい。厳重に封印が施されていて、開封された形跡はなかった。
その書状は暗号化されていて、それと同じ内容の書状は、全部で「五つ」存在するという。
ある状況が訪れた場合に、それら五つの書状を、別々の大名に渡すよう、武田信玄が言い残したとか。
具体的に名指ししたのは、「上杉家」のみ。
あとの四つの書状を、どの大名家に渡すのか。それについて、武田信玄は特に指示をしなかったらしい。家臣たちに任せたという。
「で、その一つが俺のところに来たわけだ」
「なるほど」
立花宗茂は合点がいく。先ほどの小早川秀秋の沈黙、こっちがどういう反応をするのかで、その書状を受け取っているかどうかを探っていたわけか。
「期待に応えられなくて悪いな。俺は受け取っていないぞ」
「だろうな。さっきの反応でわかった」
武田信玄が亡くなる前にしたためた書状。
五つ存在する内、一つは上杉家に、一つは小早川家に持ち込まれた。
残りは三つ。どの大名家が書状を受け取ったのか。
「徳川家康らしき男が一人で関ヶ原に現れた時、真っ先に動いたのは、島左近と島津義弘だった。あの二人の少なくともどちらか一人は、問題の書状を受け取っている、と考えている」
もしも両方とも受け取っているのなら、残る書状は一つになる。
武田信玄の書状に何が書いてあったのか。立花宗茂が気になっていると、小早川秀秋があっさり告げてくる。
「本物の徳川家康はすでに死んでいる。三方ヶ原の戦いで」
一五七二年、徳川の軍勢と武田の軍勢が遠江国の三方ヶ原で激突した。
その戦いに勝ったのは武田信玄。その勝者が「家康を討った」と書状に記しているのだ。




