梅枝(うめがえ)
「今のところ、捕虜として仮設の檻に入れられている模様です。まだ殺されてはおりません」
レンゲではなく、他の者が答えた。
服部半蔵は考える。
やはり、ただ島津軍に見つかっただけではなく、それ以上の何かがあったらしい。
こういう場合、普通なら、「その件に最もくわしい者」が答える。島津軍の情報なら、その陣に潜入していた「レンゲ」になるはず。
しかし、他の者が答えた。これは妙だ。
「何があった?」
レンゲは黙ったままだ。部下の一人が服部半蔵に耳打ちしてくる。
その報告は概要だけだったが、それでも少し長めの耳打ちになった。
にわかには信じがたい内容に、服部半蔵は考え込む。
そんな様子を目にして、不安に駆られたのか、
「半蔵、何があった?」
本多忠勝が聞いてくる。
「島津の罠という可能性もあるが・・・・・・」
ただし、その場合であっても、
「もうしばらくは、殿が殺されることはないだろう」
服部半蔵は答えた。
「で、どうします?」
耳打ちしてきた部下が、レンゲの方をちらりと見る。
縄で縛られている彼女。その処遇を決めなければならない。
「本人から直接聞く。レンゲ、何があったのかを話せ。内容の真偽はこちらで判断する」
少し遠慮がちにレンゲが話し始めた。
彼女が島津軍に捕まったのは本当らしい。
しかし、なぜか将棋を指すことになったという。対戦相手は島津の老武将だ。
かなりの接戦だったが、最終的にレンゲは負けた。
殺されることも覚悟していると、なぜか後ろ髪だけを切られたらしい。
そのあと島津義弘が、ある提案を持ちかけてきた。
――服部半蔵か本多忠勝に、この書状を届けて欲しい。
書状は二つ。中に書かれている内容は、どちらも同じだとか。
解放されたレンゲは、島津軍に尾行されていないかを念入りに確認しながら、味方と合流。
事情を話して、縄で縛ってもらったという。二重間諜になった、そう疑われても仕方がない状況だ。
自由に動ける状態で、服部半蔵の前に一人で参上するわけにもいかない。そうレンゲは考えたのだった。
「わかった。では、その書状を見る」
すると、先ほど耳打ちしてきた部下が、
「書状の一つは、先に拙者が確認しました。内容が内容でしたので、他の者には見せていません」
「・・・・・・わかった」
それほどの内容ということか。
服部半蔵は自分の部下二人だけを連れて、本多忠勝やその騎馬隊から少し離れた場所へと移動した。
部下に周囲を警戒するよう命じたあと、一人で書状を確認する。
島津義弘は首を一つ要求していた。




