常夏(とこなつ)
島津義弘は安物の茶碗に悠然と手を伸ばす。
中に入っているのは、石田三成から届いた酒ではなく、ただの水だ。
あの酒の半分は、隣に布陣している小西行長に贈った。
石田三成をまったく信用していないわけではないし、小西行長の軍を毒見役に使うつもりもない。
ああいう物は、他の誰かと分け合った方がいいのだ。今は戦国の世。一人だけ妬みを買うのは好ましくない。
小西行長の軍は隣で戦ってくれる味方だ。その士気は少しでも高い方がいい。
かなり良い酒だったらしく、すぐに小西行長からの使者が、上機嫌で礼を言いにきた。
結構なことだ。酒の半分が島津の評判に変わったことになる。
しかも、その酒は石田三成からもらったものだ。島津の財政には、米一粒の損害もない。
そんなことを考える島津義弘。
と同時に、あることを警戒していた。
あの家康が「本物」だろうが、「偽者」だろうが、「救出」ないしは「口封じ」のために、東軍が動く可能性がある。
その目的が「救出」だろうが、「口封じ」だろうが、さすがに数万の大軍で攻めてくるとは思えない。
が、もしもの時に、自軍の兵たちが酔っ払っていては困る。
だから、この島津陣内にはまだ酒を配っていなかった。
兵たちに飲ませないのだから、将たちも同様だ。酒ではなく、水を飲むように指示している。
なので、自らが良い手本になろうと、島津義弘も水を飲んでいるのだ。
筵の上に茶碗を置くと、自分の正面にいるミササギに対して、
「あの家康が身につけていた装備のことだが」
兜と具足、そして、刀だ。それらを目利きの部下たちに調べさせていた。
その結果が先ほど届いたのである。
「随分と金がかかっているそうだ」
あの装備に施されている細工はどれも、非常に凝っているらしい。位の高い者のために、一つだけ特別にあつらえた、そういう装備だとか。
あの家康が「本物」という可能性が、いくらか高くなった気がする。島津義弘の中では、五割くらいに上がっていた。
とはいえ、今は戦国の世。本物が着る装備を影武者が着る、そんなことが皆無なわけではない。
たとえば、戦で敗走する時だ。本物を逃がす囮になるため、装備を交換する。そのあと、影武者はだいたい敵に斬られるのだ。
で、本物の方は生き延びて、具足を新調する。味方には、「敗戦時の古い装備は処分した」と伝えて、心機一転というわけだ。
このようなことは、戦国の世では、そう珍しくもない。
しかし、今回の場合は違う。戦の敗走時ではないのだ。
それなのに、影武者にわざわざ「本物」の装備を着せている?
ということは、やはり・・・・・・。
だが、別の可能性も・・・・・・。




