須磨(すま)
城の西側で敵将を確認。
その武将とは、立花宗茂だ。
西軍において、薩摩の島津義弘と比肩する猛将。とにかく強い。できれば、東軍に味方して欲しかった一人である。
立花宗茂が相手では、並の武将は歯が立たない。
さらに、立花宗茂軍の後方からは、小早川秀秋率いる一万の兵が接近中。
そんな情報を、城内に流しておいた。
それで本多忠勝が出陣。その補佐として、服部半蔵がつく。
短期決戦で立花宗茂軍を叩き、小早川秀秋の兵が合流する前に、こちらは退く。そういう作戦だと、殿の捕縛を知らない武将たちには伝えていた。
なお、服部半蔵の情報網によれば、立花宗茂は現在、近江の大津城を攻めている。
東軍にとっては朗報だ。関ヶ原では、あの立花宗茂を相手にしなくて済む。あの男、ひょっとすると西軍最強。
騎馬隊の前方に川が見えてきた。長い橋が架かっている。
「馬の脚を緩めずに聞いてくれ」
そう前置きしてから、服部半蔵は本多忠勝に言う。
「橋の途中に穴があるぞ」
西軍の仕業だ。おそらく、赤い狼煙を上げたのとは別の部隊。
「だが、すでに修理させておいた」
いくら木の橋とはいえ、それを落とすとなると、一瞬でとはいかない。相応の人手や時間が必要になる。
が、「橋に使われている板のいくつかを外す」だけなら、手軽に可能。
この方法なら、あとで自分たちが橋を再利用するのも簡単だ。
板を外す指示を出した者は、こう考えたのだろう。
徳川家康が関ヶ原で捕縛されたのを知った東軍が、救出部隊を派遣する可能性がある。
その場合、速度を優先してくるだろうから、騎馬隊以外の選択肢はない。
だったら、西軍が先回りして、適当な橋に騎馬対策を施しておけばいい。
歩いている時なら、橋の異常に気づくこともできようが、馬で疾走している時に、橋の異常に気づくのは至難だ。
橋の穴に馬が足をとられると、速度を出していた分、大惨事になる。しかも、後続の馬が次から次にやって来るのだ。どの馬も急には止まれない。橋の上は血と悲鳴に染まるだろう。
悪くない策だ。服部半蔵は薄笑いを浮かべる。労力をあまりかけずに、相手に大損害を与える策。
だから、先に潰させてもらった。先行させた忍者部隊が、橋の修理を終えている。
ところが、急に本多忠勝の姿が、服部半蔵の横から消えた。
どうやら、馬の脚を緩めたらしい。
直後に気づく。
敵がいる。
二人か三人か。感じることができたのは、わずかな気配だ。