花散里(はなちるさと)
騎馬隊を率いて、本多忠勝は西へ駆けていた。
殿を救出するために一路、関ヶ原に向かっている。
本多忠勝の隣には服部半蔵がいた。こちらも馬に乗っている。
半蔵配下の忍者部隊は、別行動をしていた。先行して色々とやってもらうことがある。
で、出陣前に城の東側から上がった、いくつかの赤い狼煙。
服部半蔵の考えでは、あの下に兵を向かわせたとしても、狼煙を上げた者たちはすでに逃げている。
だから、待ち伏せをさせた。狼煙を上げた者たちが、このあと関ヶ原に戻るために通りそうな地点。その四ヶ所に、三〇人ずつの兵を潜ませた。
服部半蔵は考える。
あの赤い狼煙が上がったのは、関ヶ原の反対方向。
あれでは駄目だ。反対方向すぎる。そちらを警戒させたいのが丸わかりだ。
そうすることで、東軍の次の行動を迷わせたいのだろう。
だから、こちらは迷わないことだ。
相手の策、その意図を見抜きつつも、半蔵はさらに考える。
この策を行うために相手は、殿を捕縛してすぐに、狼煙を上げる部隊を派遣したはず。かなりの短時間で打ってきた手だ。
その速さは驚嘆すべきだが、実働部隊に細かい指示を与える余裕はなかったのだろう。
この策の主、おそらくは島左近だと思うが、それにしては指示が甘い。
何か別の策を用意していて、そちらに誘い込むのが狙いか。
または、島左近が今、何か「面倒な問題」を抱えていて、そちらに思考を割かざるを得ない、そんな状況にあるのか。
後者の場合で真っ先に思いつくのが、やはり「殿の捕縛」だろう。
あれは東軍にとって大事件だが、西軍にとっても大事件に違いない。あっちはあっちで混乱しているのではないか。
突然、後方にいる兵の一人が叫ぶ。
「城の北側で、山吹色の狼煙が上がりました! 全部で三本です! あと、黒い狼煙が一本!」
「だそうだ」
本多忠勝が言うと、
「うまくいって良かった」
半蔵は返す。
四ヶ所の内、三ヶ所で待ち伏せに成功したらしい。失敗した場合は、黒い狼煙を上げるように言ってある。
悪くない成果だろう。城には頼りになる黒田長政もいるし、これでひとまず、背後の憂いは断ったと考えていい。別の策を西軍が仕掛けてくるにしても、今しばらくはかかるはず。
待ち伏せの他にも、服部半蔵はいくつかの手を打っていた。
殿の影武者の一人に、城内を目立つように歩き回らせている。
また、自分や本多忠勝が急いで出陣したことについて、他の武将たちが納得しやすい理由を用意するのも忘れなかった。