賢木(さかき)
場が静まり返る中、
「これが万一、本当だったとしてだ。殿のお考えがわからん。なぜ、お一人で関ヶ原に向かわれたのか」
そうつぶやくと、本多忠勝は立ち上がり、
「半蔵、すぐさま救出に向かうぞ。殿の居場所はわかるか?」
「すでに、追加の忍者一個小隊を関ヶ原に派遣した。殿の正確な居場所を探らせている。もしも可能なら、救出するようにとも言ってある」
「そうか。では、適宜連絡をくれ。お前は留守を頼む」
「悪いが、今回は拙者も同行する。すまないが、留守は他の者に頼みたい」
そこから先、本多忠勝と服部半蔵が中心になって、作戦を決めていく。
一刻を争う事態のため、救出部隊は騎馬隊のみで編制する。数は二千。
その部隊をさらに、服部半蔵配下の忍者二個中隊が支援する。
今回の作戦、救出の成否にかかわらず、西軍による追撃が予想されるので、兵の準備が整い次第、この城と関ヶ原の中間地点に、援軍を布陣させることも決まった。
殿を救出したあと、援軍がいる地点まで逃げてくれば、作戦は成功だ。
そこまで決めたあとで、本多忠勝と服部半蔵はこっそり目で会話する。
(半蔵、最悪の事態も覚悟しておくべきかもな)
西軍による、東軍の総大将・徳川家康の処刑だ。
(その場合、あの殿は影武者だった、と発表する他ない)
で、しばらくは影武者の一人に、本物として表に出てもらう。
そうしなければ、東軍全体が一気に空中分解しかねない。
だが、西軍に処刑されたのが影武者だと発表して、どうにか空中分解を阻止できたとしても、事の真相を疑う者はいるだろうし、その後の大混乱までは避けようがない。結果的に、かなりの数の離脱者が出るに違いなかった。
そんな状況でも、「まだ東軍が有利だ」と思わせるには、まずは勝つこと。しかも、できる限り派手にだ。
殿のご子息の一人・秀忠様が中山道の方から関ヶ原に向かってきている。そちらとの合流は不可欠になるだろう。
とはいえ、秀忠様は現在、信州の上田城で西軍の真田勢に苦戦しているとか。
本多忠勝と服部半蔵の二人は短く沈黙してから、小さくため息をついた。最悪の事態が起こらないことを、心から祈る。
「では、出陣の準備だ!」
本多忠勝が叫んだ直後、またもや急報が届く。
今回の知らせ、関ヶ原方面からのものではない。
それとは反対側だ。この城の東側である。
城から十里ほど離れた辺りで、謎の赤い狼煙がいくつも上がっているらしい。
城の外で兵の調練をしている武将たちが、どう対応すべきか、指示を仰いできている。西軍の罠ではないかと、彼らも感じ取っているようだ。
(こんな時に謎の狼煙とは)
そう思ったが、本多忠勝はそれを顔に出さずに、
「半蔵、これをどう見る?」
「西軍の仕業だな。おそらくだが、島左近あたりの指示だろう。なるほど。ふふふ、そうくるか」
服部半蔵は不敵な笑みを浮かべた。




