ぽつんと家康(いえやす)
まず味方を探した。次に敵だ。
現状をつかむのに、それほど時間はかからなかった。
しかし、その事実を受け入れるのには、そこそこ時間がかかった。
だだっ広い関ヶ原に孤立無援の状態。まるで夢でも見ているようだ。
もう一度、味方を探してみる。
が、誰もいない。
そして、敵の姿も同様だ。
西軍の名もなき武将は、東の空をしばらく眺めながら考える。山鳥の群れが飛んでいた。
自分の周囲に人の気配は感じない。
となると、やはりそういうことか。そういうことなのか。
大きく息を吸って真顔になる。
具足の合間から、「連絡の文」を取り出して広げた。
急いで確認したのは、現地集合の日時だ。
えーと、「九月十四日の正午」とある。
で、今日は「九月十二日」だ。
(しまった! 早く来すぎた!)
これは恥ずかしい。
すぐに周囲をきょろきょろした。他に「うっかりさん」がいないか、目を凝らして探してみる。
しかし、無駄な努力だった。味方はいないし、敵もいない。だーれもいない。
今の関ヶ原は、平和そのものである。
これは非常に恥ずかしい。集合日時を二日も間違えてしまった。
とはいえ、他に誰もいないのだ。黙っていれば、この失敗を知る者はいない。
また、本番に遅刻したわけではないのだ。早く来すぎただけ。出直してくれば、まったく問題ない。
そう考えると、少しは気が楽になった。「うっかり」には違いないが、取り返しのつく「うっかり」だ。あの時は功を焦りすぎたのだと、のちのち笑い話にもできるだろう。武士としては、そこまで悪い失敗ではないはず。
(このまま帰ってもいいが・・・・・・)
せっかく来たのだし、これから戦場になる場所に誰もいないのだ。こういう好機は活かすべきだと思う。
(今の内に、落とし穴をいくつか掘っておこう)
それが大手柄につながったりして・・・・・・。
合戦の重要な場面で、東軍の有名どころが、その穴に落ちてくれれば、さあ大変。自分の大出世は間違いなしだ。夢がふくらむ。
というのが、天下分け目の戦いが始まる前の出来事だった。
しかし、この名もなき武将はまだいい。取り返しのつく「うっかり」だったのだから。
時はさらに二日後、九月十四日。
先日と同様に、美濃国の関ヶ原で一人の人物が呆然としていた。
今回は名もなき武将ではない。
よりにもよって、東軍の総大将だ。「徳川家康」である。
(あれ? 現地集合って、今日じゃなかったっけ?)
少し混乱しながらも、まずは味方を探した。次に敵だ。
今の状況を把握するのに、それほど時間はかからなかった。
味方はいない。
その一方で、敵はいる。目の前には十万を超える大軍勢だ。
そんな大軍と相対しているのは、自分一人だけ。この広い関ヶ原に、ぽつんと家康。
なぜ、味方が誰もいないのか?
家康は馬に乗ったまま考え込む。
関ヶ原に「九月十四日」集合と、東軍の主な者たち全員に伝えたはずだが・・・・・・。
まさかの裏切りか?
いや、それにしても、全員が一斉に裏切るとは思えない。
(もしかして・・・・・・)
嫌な心当たりがある。
そうでないことを願いつつ、家康は具足の合間から、「連絡の文」を取り出して広げた。
急いで確認したのは、現地集合の日時だ。
えーと、「九月十五日の正午」とある。
で、今日は「九月十四日」だ。
(しまった! 一人だけ早く来すぎた!)
味方が来るのは一日後!
やばいどころの話ではない。
家康は震えながら正面を見る。
伊吹山には、西軍の中心人物、「石田三成」の旗があった。あそこが西軍の本陣か。
その近くには、島津義弘、小西行長、宇喜多秀家、大谷吉継の旗もある。名だたる西軍の武将たちだ。
敵は大軍なのに、こっちは一人だけ。
(に、逃げられるかな・・・・・・)
天下分け目の関ヶ原で、孤立無援の戦いが始まろうとしていた。