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怪談

黒い腕

 家の近所に古びたお社があった。


 私が物心付く頃には既に朽ちかけてボロボロで、誰も参拝しないし見向きもしないようなお社。


 いつからそうだったのかと、ある時ふと気になったので祖母に聞いてみたら、祖母が物心付いた頃には既に朽ちかけていたらしい。


 そんな朽ちかけたお社が私は苦手だった。


 幼年期は単純にその佇まいが不気味だったからだし、幼少期は周囲の人気の無さにも怖さを覚えていた。中学校に入学してからは、自宅と学校を結ぶ最短ルートだったから暫くはお社の前を通っていたけれど、ある時を境に通るのを辞めた。


 お社がある土地のすぐ横に架かる橋を通らないと大きく迂回しないといけなくて、歩いてだと15分ぐらい差が出るのが面倒だったのだけれど、お社の前を通ることに比べたらましだった。


 お社の近隣は雑木林や田畑が多い場所なので痴漢とか変質者なんかに会う危険性もあったし、何よりお社が怖くて仕方なかった。


 ここまでお社を怖がるにはきちんと理由もあって、中学生なって初めての夏休み前の体験が原因だった。


 本好きなせいなのか、書く方にも目覚めた私は文芸部に所属しており、毎日下校時間ぎりぎりまで小説を書いていた。


 本格的な夏を迎える前の日は高く、最終下校時間となる午後6時はまだまだ明るく、帰路に於いても尚、明るさを保っていた。


 そんな中、お社の周囲だけが別であった。傾きかけた日差しは雑木林によって遮られて薄暗くなっており、傾いてはいるものの未だ沈む気配のない太陽に照らされた数少ない街灯はまだまだ灯る気配を見せない。


 そんな明るさと暗さが混在しているお社にてそれを見つけた。


 雑木林によって一足先に夜を迎えたような境内との境目となる鳥居から伸びる黒い腕。


 向こう側には何も無い。鳥居の向こうと此方で、別の空間であるかのように唐突に生えた腕が此方側に伸びている。


 長さは1m程だろうか。6本の腕が何かを探しているかのように動いている。


 その光景に呆然と立ちつくす。暫く立ちつくしていたのだけれど、ふと気がつくと腕が増えていた。今は10本だ。


 それぞれ思い思いの方向に手を伸ばしているのを眺めているうちに、腕が全て左腕だということに気がついた。


 右手はどうしたんだろう、そう思いながらも眺め続けると次の変化が起こった。


 腕が伸び始めた。ぐんぐんと伸びておそらく3m近い。前を通る道路に届きそうな程まで伸びている。


 今更ながらに不気味さを覚えた私は、お社の反対側に渡り通り抜けようと道路を渡り始めた。


 腕に意識がいっていたから、地面に転がる石に気が付かなかったみたいで途中それを蹴ってしまった。


 その瞬間、腕が全てこちらに向かってきた。


 石を蹴る音に反応したのか、すべての腕がこちらに伸びていた。


 驚いて固まる私と、腕に向かって転がっていく石。手の届く範囲に入った石を持った腕の一本がするすると引っ込んでいき、鳥居の所で消える。残りの腕はこちらに向かったまま何かを探すように動き出す。


 そろそろと道路の反対側に向かって歩く私。そのまま音を立てないように歩きながら腕の様子を見ると、また腕が伸びている。気が付くと道路の真ん中辺りまで届く長さになっていた。


 道路を渡り終え、鳥居の向かい側に辿り着く。


 走り出しそうになるのを必死にこらえ歩いた。急がず音を立てないように。いつまた腕が伸びるかもわからない中を。ただひたすらに、伸びた腕が私に届く長さにならないことを願いつつ。


 鳥居の前を通過する。


 ぼやける視界の中、ゆっくりと進む私の心臓が激しく動いている。息苦しい。全身の血管が激しく脈打っているのがわかる。呼吸が荒くなっている。心臓の音が聞こえて腕が伸びてくるんではないかと思えるぐらいに鼓動が強い。荒々しくハァハァと聞こえる音がうるさい。


 鳥居を通過してもゆっくりと歩く。


 いつ後ろから腕に掴まれるかわからない中を進む。歩きながら振り返って見る。思わず息を呑む。道路の反対側、私が通ってきた場所に腕が到達してた。そして何本かの腕が私のいる方を探っていた。相変わらず荒々しいハァハァという音がうるさい。


 唐突に周囲が明るくなる。気が付くと雑木林で作られた薄暗い道を通り抜け、夏の日差しに包まれていた。


 陽光の明るさと照りつける陽射し。それに安心してしまったのか、気が抜けてしまったのかはわからないけれど、私は後ろを振り返ってしまった。


 目の前に何本もの腕があった。ほんの僅かな距離。こちらに向けている手のひらを下に向けるだけで指先が私に触れそうな距離しか無かった。


 腰が抜ける。どこからか少女が叫ぶような音が聞こえる。うるさい。力の入らない脚の代わりに腕を使って必死に距離を離そうとする。


 うるさいぐらいの音がしてるんだからそっちに向かっていけと思いながら腕を見ている。蠢いてはいるものの腕は伸びてこない。


 距離をおいたことで少し冷静さを取り戻せた。腕は陽射しの中には出てこれないと気が付いた。


 そこから家まで走って帰った。家族には凄い心配された。


 涙と鼻水で酷いことになった顔面。夏とはいえ、全身汗だくな状態で両腕に擦り傷。制服のスカートは汚れてるうえに破れてたし。


 事件に巻き込まれたのかと心配する家族に起こったことを説明する。両親や兄姉が絶句する中、祖母がポツリと言う。


『昔っからあそこの道は薄暗いし人通りそんなに多くないのに変質者が出たとか聞いたことないんだよ。変質者もお社の前だから避けてるんだって近所では笑いながら言ってるんだけどねぇ』



 私は翌日からお社の前を通るのをやめた。


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