エピローグ
妖狐と人間の混血である私は、魔道の血族でも異端の存在だった。三尾の狐の母から生まれた私は三倍の尾を持っていた。妖狐は尾の数に応じて魔力生成量が変わる。乗算されるのだ。母は只人の三乗、《《私に至っては九乗》》。父の魔力の才も継いだ私の魔力生成量は自身を殺しかねないほどだった。
魔力が自身を傷つけぬよう母はカーディガンを編んでくれた。絶対防御と自動迎撃、自我さえ有する規格外の魔道具――ガールード――を稼働させるにはやはり規格外の魔力生成が常時必要なのだ。
だのに駄犬《棚架一郎》が火神形態を何故起動できたのか。
思い当たる理由はふたつ。
ひとつは契りを結んでいたから。
もうひとつは、《《これ》》。
私は首から下げたペンダントに触れた。
ペンダントトップには綺麗な小石が使われている――
溢出する魔力はガールードで抑制されていたものの、魔力の制御が――狐耳が隠せないくらい――未熟だった私は地方の医療施設で過ごしていた時期があった。当時の私は今よりずっと素直で前向きだった。同い年の子が病棟に居ると聞いた途端遊びに行く程度には。
彼に名乗ろうと、苗字を紙に書いた時点で彼は、
「ナンテン・ジョー……くん?」
と言った。苗字を音読みで分解された事より、男の子と思われたショックで暫く口が利けなかった。観念して「ジョーって呼んでいいよ」と言ったのをよく覚えている。私は無気力な彼を誘って病院を脱走しては、あの辺鄙な街でできうる限りの遊びをやりつくした。
いつだったか訊かれたことがある。
「ジョーはなんでそんなに自由にしていられるの?」
私は、当時のまだ歪んでいなかったころの私は、
「自分がやりたいと思ったことをするのが正しいと思うから」
と答えた。
彼はその子供じみた答えに感銘を受けていたように思う。
その後の人生に影響を及ぼすほど。
翌日から彼は熱心に治療に取り組み私より早く退院した。退院の日、彼は私に彼の宝物をくれた。綺麗なだけの、そこらの石ころだった。それでもとても嬉しかったし、この石が火神形態を起動せしめたと私は信じる。
遅れて退院した私は魔道の血族の血みどろの権力闘争に巻き込まれ、蟲毒もかくやといった酷く醜い争いの中で人として歪んでいき、髪色も魔力に染まり、高校に上がった頃には「魔女」と呼ばれるようになっていた。凋落しかけている家名を護るため、できる事全てに手を染めた。学校を支配すべく占術部の運営し、仕入れた情報を元に汚い金を作った。
そんなある日、私は彼を見つけた。
見知らぬ他人を助け、相手と喧嘩に発展し、助けた相手にすら恐れられても平然としている彼の姿を見た時、もしかしたら、昔私が語った「正しさ」のようなモノに拠って生きているのかもしれないと思った。
そう思った瞬間、泣いていた。
涙はしばらく止まらなかった。
誰にも嗚咽を聞かれたくなくて、両手で口を押えていた。
翌日、彼の事を調べ上げ「狂犬」と呼ばれている事を知った。損な性格だな、と思い、あの頃の自分がそこにいるようにも思った。
――そしてあの日、「魔女」は「狂犬」を「飼い犬」にした。
これは私だけの秘密。
絶対彼には教えない。
とても教えられない。
「駄犬、そろそろ起きなさいな」
「……すまん。まだちょっと無理だ」
「仕方ありませんわね。もう少しだけ、このままでいてあげますわ」
あの日以来の膝枕をしながら、私は過去を懐かしんでいた。