第3話
古部室棟の片隅。
占術部は非公式に存在が黙認されている。
部員1名。本日付けで2名に増員。
放課後、男女生徒教師問わず客が訪れては、「魔女」の宣託を受けて去っていく。
俺はドアの横で集金する係。
まさか金をとっているとは思わなかったが、
「糧を得るのに己が才を活かすのは当然よ」
だそうである。
麻璃亜は校長、教頭、学年主任の弱みを握っており、南高を実効支配していた。
恐ろしい女だ。
ただ、そんな「魔女」にも面倒な相手はいるらしい。
「麻璃亜様! どうかその御御足で踏んでくださいませ! どうか! 何卒御慈悲を!!」
肥満気味の長髪の男子が唾と鼻水と涙をまき散らしながら土下座で麻璃亜に這いずり寄ってくる。この手の信者も稀に来る。これまではカーディガンに袖を通して物理的に処理していたらしいが、
「駄犬」
「はいよ」
今は俺の担当だ。
「出ていきな。集金は免除しといてやる」
引きずり起こし、部室から蹴りだした。
「良い手並みね。駄犬にも使い途はあるのね」
褒められた。
いや、褒められてないか。
「売り上げは?」
「30万」
「悪くないわね」
凄い稼ぎだと思っていたが、そうでもないのか。
「けれど疲れたわ。話しておきたいこともあるし、部活《占い》はここれでお終い」
「応」
「話の前に、駄犬。お茶を淹れて頂戴」
「不味い」
紅茶は大不評だった。
「紅茶のひとつも満足に淹れられないの? 特別に私が手ずから淹れてあげますから、そこで『待て』しときなさいな」
「む……」
「悔しかったらきちんとできるようにおなりなさい」
嫌味のたっぷり入った紅茶を飲んでいると、
「私、狙われてますの」
麻璃亜が物騒な話をはじめた。
「我が南天城は国の魔道を統括する名家なのだけれど、先代の父上は行方不明、母上は病に冒されているの。他家からすれば、現当主を潰すだけで覇権が握れる大好機というわけ」
「ほう」
冗談じみた話だが、麻璃亜は至って真面目だ。
「屋敷は多重結界が施されているから余程のことがない限り大丈夫。だから駄犬、貴方は登下校中と校内で、私を護るの。いいこと? それが貴方の仕事」
「わかった」
『お嬢様! 護りは我のみで十分ですぞ!』
「ガールードがいないと私が困るわ。この駄犬はただの囮よ」
『成程。そういうことでしたら納得でございます』
「汚ねえ話だ」
「囮の話? 悪いわね、駄犬。私のために、死んで」
「いや、汚ねえってのは麻璃亜サマの話じゃない。麻璃亜サマみたいな女の子を狙うクズ共のことだ。――約束する。俺が護ってみせる」
「駄犬……」
『ほざけ! お嬢様を護るのは我よ!』
「精々死なないように励みなさい」
有難いお言葉をどうも。
――港湾部の廃倉庫に、北高生が集結していた。
スマホで銀髪の少女の画像を見ながら、
「結局んトコ、魔女の身柄を攫ってくればいいんスよね?」
ちょろい仕事だ、と笑っている。
少年達より年嵩な男は顔を顰め、
「くれぐれも傷はつけないように」
「魔女に何があるんスか?」
リーダー格の少年の問いには、
「知らなくていい事だ。口止め料込の依頼なのだから」
「前金で一千万。成功報酬で二千万。マジっスよね?」
「無論。これが前金だ」
「すげえ!」
「こんな大金はじめて見たぜ!」
沸き立つ少年達を尻目に、
「標的も感付いたのか護衛を増やした」
「面倒スね」
男が送信した画像を見たリーダー格は僅かに顔を顰めた。
「こいつ、狂犬か」
「知っているのかね?」
「この辺じゃあ有名ス。正義面した生意気な奴スよ」
「正義の味方、というわけか」
「狂犬が邪魔してきたら?」
「好きにしたまえ。殺してもいいが後始末は自分の手で」
「了解っス」
「宜しく」
その男の指先から極細の魔力の糸が北高生に伸びていることに、その場の誰も気づいていなかった。
「駄犬、釣りをしましょう」
麻璃亜は唐突に言った。
「川か海に行くのか?」
「文脈を考えなさいな。――敵は数を増やしたようです。ここは逆手に取って囮作戦で一網打尽が最善手よ」
「ソレ、麻璃亜サマが危ないやつだろ?」
「優しいのね」
ご褒美です、と麻璃亜は笑う。
「週末、遊園地に連れて行ってあげますわ」
「遊園地? デートか?」
「ば、馬鹿犬! 話を聞いてまして?」
「囮作戦だろ」
そんな顔真っ赤にして怒鳴らなくても。
「ペット同伴可の遊園地も増えているの! 犬の散歩よ!」
「はいはい」
「はいは一回よ駄犬!」
週末。
麻璃亜の家に約束の時間に迎えに行き、玄関前で随分待たされた。
遊園地へ電車とバスで移動する。アトラクションの数は少ない。家族連れがターゲットの施設だった。
「駄犬! ジェットコースターから行くわよ!」
「テンション高いな」
『お嬢様! 下郎と御手を繋ぐなど! いけませんぞ!』
「五月蠅いわね! 最寄りのコインロッカーに詰め込むわよ!」
『お嬢様! それだけはなりませんぞ!』
麻璃亜は急に声を潜め、
「お黙り。私には南天城を護る義務があるの。貴方に私を護る責務があるように。今、私は尾行されている。むしろ好機よ。ここはリスクを取るわ」
『…………主の、仰せのままに』
ガールードをコインロッカーに仕舞い込んだ麻璃亜は、蒼白い顔を紅潮させながら全てのアトラクションを楽しんだ。
最後は観覧車。
向かい合わせに座り、
「駄犬」
「ん?」
「これから儀式を行うわ。簡易版だけど、主従の契りを結ぶ大切な儀式」
「応」
だから、
「目を閉じて、力を抜いて」
言われるまま、そうした。
次の瞬間。
唇に何かが触れた。
鉄の、血の味。
目を開くと間近に、麻璃亜の顔。
「すぐ目を開くなんて、ムードの無い犬ね」
「お前、血……」
麻璃亜は唇を噛み切っていた。
「私の血で繋がったから、鼻が良く利くようになるわ。この後私は間違いなく攫われる。そうなるよう仕向けるから」
血を舐めながら、
「きちんと迎えに来るのよ、駄犬」
遊園地を堪能した帰り際、
「俺、ちょっとしっこ」
「せめてお手洗いとお言い」
「すまん」
「私もコインロッカーに行ってきますわ」
「一緒に行くぞ」
「漏らす前にお手洗いに行きなさいな」
「あのなあ!」
と、予定通り麻璃亜と別行動。
当然、麻璃亜は戻ってこない。
連中、デカい釣り針にかかりやがった。
俺は急ぎコインロッカーへ向かう。
案の定、使用中のまま。
俺は扉をノックし、
「おい、へっぽこ守護者、いるか?」
『小僧、年長者を敬え』
カーディガンをどう敬えと。
「麻璃亜は来てない。予定通りだ」
『流石お嬢様の読み通り。後は我らが武者働きするだけよ』
「とりあえず鍵開けるぞ」
『鍵を預かっとるのか?』
否。
「――拳で開けるんだよ!!」
遊技場のパンチングマシーンで記録更新を果たした右ストレートが、ロッカーの扉をぶっ壊した。
「お客様ー!?」
スタッフの声は無視。
俺は扉をこじ開け、ガールードをひっつかみ駆け出した。