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第2話

「飼いイヌだ?」


「わんわん。狂犬マッドドッグは私の飼い犬(ペット)になるのです」

「マジで言ってんのか……」

()()()()と仰ったのは駄犬あなたでしょう。真逆まさか前言撤回なさりたいと?」


 撤回はしない。

 驚いただけだ。


「わかった。俺はアンタの犬になる」

「まずアンタ呼ばわりをおやめなさい。名を呼ぶ栄誉を与えます。麻璃亜まりあ様とお呼びなさい」


 とんでもねえ女だ。

 流石「魔女」と呼ばれるだけはある。

 だが約束は約束だ。

 俺が頷こうとした時――


『なりませんお嬢様!』


 ――どこからか制止の声がした。


『ええい! お嬢様に近づくな不埒者めが!』


 声は南天城みなみあまぎの――麻璃亜まりあの羽織っている()()()()()()()()()()()()聞こえてきた。


「ガールード、おやめなさい。駄犬が怯えているでしょう」

「び、びびってねえ!」


 突然布地が喋ったら吃驚びっくりするだろ!


「虚勢もそこまで行くと立派ね」

「そ、その()()()()()()()()は一体なんだ?」

「この《《子》》は母上が魔力を込めて編んでくださった私の守護者ガーディアンなの」

「カーディガンがガーディアン?」


 なんだそりゃ。


「ふふ、酷い冗句じょうくよね。馬鹿みたい」


 ぼやきつつも愛おしそうに麻璃亜は年季の入ったカーディガンを撫でている。


 喋るカーディガンにさっき見せた炎。

 ()()()()()本物ガチって事か。




 ……俺みたいなまがい物とは違う。




 撫でられているカーディガン(ガールード)はというと、


『我の出自など良いのですお嬢様! 即刻その不埒者からお離れください!』

「そうはいかないわ。私は駄犬の飼い主になったの。世話はきちんとしないと。そこらでお漏らしされては飼い主の沽券こけんに関わるわ」

「誰が漏らすか!」

「脱糞しても後始末の面倒はみません。そのつもりで」

「漏らさないっての!」

『小僧! お嬢様に無礼な口を聞くな! ただではおかんぞ!』

「衣料品に許してもらうつもりはねえ!」

『なんだと貴様!』

「やんのかコラ?」

「おやめなさい。貴方達、あるじの命が聞けないのかしら?」


 麻璃亜の低く冷たい言葉の圧に、俺とガールード(カーディガン)は揃って黙り込むしかなかったのだった。




 飼い犬(イヌ)としての仕事がはじまった。あの日、麻璃亜の自宅――執事やメイドがいそうな豪奢な洋館だったが人の気配はなかった――まで彼女を送り、翌朝迎えに行き、今こうして鞄持ちをしている。


 麻璃亜と連れだっての登校。

 校門を抜けるなり、校内は騒然。



「魔女が狂犬マッドドッグ手懐てなずけた?」

「付き合ってるってマジ?」

「どっちから告ったんだ?」

「しらねーよ馬鹿! どっちからでもこえーよ!」

「占いってこれからもやってくれるかなぁ?」



「ふふ、素敵に騒がしいわ」

「ご機嫌だな」

すずめさえずりを聞くののも鴻鵠こうこくの楽しみのひとつ。毎日では耳障りですけれど、たまには悪くないわ。駄犬にはわからない?」

「他人事に賑やかなこった、とは思う」

「他人の揉め事に首を突っ込んでばかりの狂犬の言い草とは思えませんわね」


 と、麻璃亜はわらう。

 返す言葉も無い。

 俺は揉め事に首を突っ込むタチの人間だ。そして正しいと信じる方に加勢し、場合によってはというか殆どの場合喧嘩に発展する。


 気付けば狂犬マッドドッグと呼ばれていた。


 俺は俺の正義にって動いているつもりだったが、周りは暴れているだけと解釈した。それはいい。他人にどう思われようと、俺は俺のやり方を変えたりしない。

 そんな生き方を始めた契機きっかけを俺は思い起した――




 小学生の頃、俺は体が弱く田舎の医療施設に入院していた。いつ治るとも知れない病に精神を蝕まれ、将来なんてものに期待を持てず、ただ漫然と過ぎていく日々を過ごしていた。


 灰色がかった日常は唐突な出会いで変容した。


 同い年のジョーという名の奇妙な髪型の少年が入院してきたのだ。別々の個室を宛がわれていてた俺たちだったが、彼は度々(たびたび)俺を訪ねて、


「外に行こう」


 と、医師に止められている行為に俺を巻き込んだ。

 曰く、

「こんな田舎に連れてこられて、いちいち言うこと全部聞いていられない」



 病院を抜け出し、野原で遊び、森で迷子になり、近所の駄菓子屋で買物をしたり、ジョーと遊びまくったことを覚えている。


 最高の友達だった。

 最高に自由だった。


 何故そんなに自由に振る舞えるのか、尋ねた事があった。


「自分がやりたいと思ったことをするのが正しい生き方だと思うから」

 

 ジョーの考え方は俺に強烈な衝撃インパクトを残していった。

 正しさを決めるのは自分で良い。

 言われた通りに生きなくていい。


「ただし、やったことの責任は取らないといけないけどね」と付け加えてはいたが。


 その後、俺は治療に専念した。

 ジョーより先に退院することになるとは思わなかったが、ジョーに与えられた衝撃が俺の体を、心を変えたのだと信じた。退院の日、即ち、ジョーとの別離わかれの日、俺はジョーにとっておきの宝物を贈った。

 とはいえガキの宝物だ。河原で拾ったちょっと綺麗なだけの、ただの石。ジョーは泣きそうな顔をしてそれを受け取ってくれた。彼のそんな顔を見たのはそれが最初で最後だった。


 ――以来、ジョーとは会っていない。


 今の俺を見たら、どう思うだろうか。失望するだろうか。それとも笑うだろうか。俺としてはあの日受けた感銘のままに今を生きている()()()だ。





「駄犬! 何を呆けてらっしゃるの? さっさと行きますわよ」

「ああ、すまない。ちょっと昔のことを――」

「言い訳は結構。それと返事は『はい』になさい」

「はい、麻璃亜サマ」

「よろしい」


 その()()()なんだが、ジョーがこの姿(今の俺)を見たらどう思うだろうか。



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