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第1話


 道路に仰向けにぶっ倒れ、俺は夜空を眺めていた。

 満月。

 その真白まっしろい円を時折人の形をした影が横切っていく。

 文字通り、人が宙を舞っていた。

 それを成している(投げ飛ばしている)のは、白いカーディガンを羽織った、長身の、だが恐ろしく華奢な女。10人からいた北高キタコーの連中をちぎっては投げちぎっては投げ。

 残っているのはもう、ひとりだけだ。


「もう終わり? 大したことないのね、北高も」

「ひっ、ひいぃっ!」


 女の揶揄にそいつは後退あとずさる。

 ふたり殴り倒した俺が残りの連中にボコられているところへ、この女が割って入って来た。そしてひとりで7人を投げ飛ばしたわけだ。


「一体何者だ?」


 女がこちらを振り返ると、ふわりと揺れた長い()()が、月を覆い隠すように視界を埋め尽くした。

 ――()()()()()()()()()()()()

 友達ツレのいない俺すら耳にするその噂を思い出すと同時、意識は途絶えた。




 目覚めた俺の視界は満月ではなく、女の顔で占められていた。

 後頭部には柔らかな感触。

 背中から下は固い木の感触。

 どうやら俺は膝枕され――


「っ!」


 ――驚くのと同時、体を起こそうとした。

 だが、先んじて女の指先が俺の胸元を押さえつけた。力が一切入っていないような触れ方なのに全く動けなかった。女は一瞥いちべつすらせず俺の動きを把握していた。 


「もう少し寝てなさいな」


 月を見上げ、銀髪の「魔女」はそう呟いた。

 下から見上げる「魔女」の顔は幽鬼のように蒼白く、細筆で引いたような輪郭をしていた。月夜に映える銀髪はふわりとした癖毛。整った顔はあたかも人形のよう――


 ぺちっ。


「痛っ」


 ――額を叩かれた。


「人形とは失礼ね。わたくし、生きてましてよ?」

「す、すまん」

「素直に謝罪を述べられる心根こころねは評価に値しますわね」


 いや待て。

 ちょっと待て。

 ……俺は今、声に、出してたか?


「魔女は人の心が読めるのか?」

「あら、わたくしのことをご存知なのね」

「聞いたことがある。()()()()()()()()()()()()って」


「魔女」は満足げに頷き、


「それが私」


 人差し指を立て、指先に炎を灯してみせた。

 何の道具も使わずに。

 いとも容易く。


「的中率100%で御馴染おなじみ南高占術部みなみこうせんじゅつぶ。部長を務めております、南天城麻璃亜みなみあまぎまりあですわ」


 と、笑顔で名乗った。


「俺は――」


 南天城麻璃亜みなみあまぎ まりあに膝枕された俺は名乗り返そうとした。

 が、彼女の指先が唇に触れ、遮られた。


南の狂犬(マッドドッグ)こと、棚架一郎たなか いちろう


 狂犬。

 いつの頃からか呼ばれるようになった、俺の綽名だった。


「知ってたのか」

私程わたくしほどではないにせよ有名ですわ。悪名あくみょう高き狂犬」


 南天城は、それにしても、と嘆息し、


「10人程度の不良相手に為す術無く敗れるとは、名前負けではなくて? 駄犬ですわね。首輪無しの野良犬ストレイドッグ


 からかうような笑みを浮かべ俺を見下ろしてくる。

 一方で俺は背筋が凍る思いだった。進学校の南高ミナミと違い、北高キタ不良ヤンキーの巣窟だ。さっきの連中の腕っぷしも並ではなかった。一対一なら俺も後れを取りはしないが、10人相手では――ふたりが限界だった。

 なのにこの女は、この細腕で造作も無く、連中を圧倒していた。


「あの連中を……どうやって?」

「あの連中、とは予備校生から金銭を巻き上げようとしていたところを駄犬に邪魔されて激昂し大乱闘ハイスクールウォーズ状態になった、北高不良キタコーヤンキーのことで宜しくて?」

「ああ」

「駄犬がふたり倒した程度でバテてしまうものですから、仕方なしに残りは私が始末しましたわ」

「始末て」

「あら嫌ですわ。あんな愚昧どもの血で手を汚すはずがないでしょう? 軽く投げて差し上げただけで脱兎の如く、でしたわ」

「……よっ、と」


 俺は全身の痛みを無視して起き上がる。今度は南天城みなみあまぎも止めなかった。立ち上がり、座った彼女の全身を上から下まで眺めると、思った以上に彼女の体のラインは華奢だった。背が高い分殊更(ことさら)そう見えるのかもしれない。


淑女レディの体を不躾に見るのはマナー違反よ、駄犬」

「すまん。アンタ、武道か何か修めてるのか? じゃなきゃ連中をああも簡単にあしらうなんて」


 俺の言葉に南天城はぷっと吹き出した。


「私の噂はご存知でしょ? だのに武道だなどと仰るの? ――魔女の得手えて()()()()()()()()()でしょう」


 余程よほど面白かったのかけらけらと笑い、目尻の涙を拭った。

 そして「では本題に入るとしましょうか」と言った。


「本題?」

「魔女に貸しを作って何も無いなど有り得ない。駄犬でもわかるでしょう?」

「借りを返せと?」

「そう。嫌だと言っても取り立てま――」


「いいよ」


「――すわよ……って、はい?」

北高キタのバカどもは手加減なんてしないからな。あのままだったら死んでたかも知れない。助かった。有り難う。貸しって言うなら何でも言ってくれ。俺に出来ることなら何でもする」

「……」


 魔女は無言。

 何やら難しい顔をしてる。


「……早く言えよ」

「なんでも、と仰ったわね」

「ああ」

「男子に二言は」

「無い」


 俺は断言した。


「それでは」

 と前置きをして、

 南天城麻璃亜は、

 傲慢に、

 不遜に、

 尊大に、

 こう告げた。


「貴方、私の、飼い犬(イヌ)におなりなさい」

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