009話ヨシ! 10ヶ月後(2)、暴力っていけないと思います
夜空に浮かぶ月は、地球の物とは違う ──
── それが、これまでで一番、異世界に生まれ変わったんだ、と感じた瞬間だった。
月の模様は、モチをつくウサギではない。
人の横顔のように見えた。
異世界の満月は、女性の横顔が刻まれた外国のコインのようでもあった。
「月の、女神様って感じかな……」
俺が、ぼんやり優しい月の光を眺めていると、遠くから物音が聞こえた。
「……うん、なんだこの音?」
ボン……ッ、とか。
ドン……ッ、とか。
ゴムが跳ねるような音が、微かに聞こえる。
「ボール遊び、かな……
でも、こんなに暗くなったのに?」
俺は、気になって耳をオーラを集中してみる。
一瞬だけ、キーン……、と耳鳴りの音がした。
それから周囲がいっきに騒がしくなる。
── ガヤガヤと、色々な人が一斉にしゃべる声。
── カチャンガチャンと、食器がぶつかる音。
── ゴウゴウと、遠くで唸る風の音すら、すぐ傍に感じる。
そして、先ほどと同じ、ゴムボールが跳ねるような音。
── ドン……ッ、ダダン……ッ、ゴン……ッ
まるで、盛り場の居酒屋か、あるいはパチンコ店でも入ったような、騒音の洪水だ。
俺は、あまりの煩さに目眩すら覚え、すぐに聴覚の強化を取り消そうとする。
だが、その瞬間、気になる音が耳に届いた。
── キャァッ、ゴツン……ッ
女の子の声と、何か硬い物がぶつかる音。
「あれ……。
これって、もしかして……ボール遊び、じゃない?
もしかして……ヤバい感じ?」
DV。
児童虐待。
家庭内暴力。
婦女暴行。
決闘罪ニ関スル件。
凶器準備集合罪。
不良娘大戦争。
ヤバイ単語が、一斉に脳裏に浮かんだ。
最後のは、ちょっと意味分からんが。
多分、驚いて混乱してたんだと思う。
俺は、とにかく急いで、音のする方へと走っていく。
いつものランニングコースから外れた、小さな脇道だ。
そこを覗き込むと、背の高い男が、サッカーボールキックをしていた ──
── 足下に倒れた、小さな子供に対して。
ドフゥ……ッ、とサンドバックを思いっ切り叩いたような、すごい音。
(── いやいやいや!
アカンって!
そこの兄さん絶対アカンヤツやて、それぇっ!)
背の高い男の、極悪非道を極めた行動。
それを見て動揺が極まった俺は、何故か関西系の方言で内心突っ込む。
蹴られた子供は軽々と吹っ飛び、建物の壁にぶつかり落下する。
なんか、もう、人形みたいな無抵抗さだ。
ひょっとしたら、意識が無いのか。
あるいは、もう既に命すら……。
見ている方としては、ドン引きどころか、血の気すら引く気分だ。
しかし、背の高い男は、それで激情を収めるようでもないらしい。
あとコイツ、黒い覆面とかしてる!
なんか犯罪の臭いがプンプンする!
『── ~~~~っ! ~~~~っ』
背の高い男は、何事か叫びながら、倒れた子供に駆け寄る。
そして、再び片足を振りかぶる。
2度目のサッカーボールキック。
「── させるかっ!」
俺は、それを阻止するため。
近くにあった一握り石をつかんで、全力で投げつける。
野球ボールくらいの石は、風を引き裂き、一直線に飛ぶ ──
── ゴスゥ……ッ
『ガハァ……!?』
「………………」
……なんか、思った以上にすごい音がした。
あと、背の高い大人が、すごい勢いで吹っ飛んだ。
人が横からぶつかってきたとか、そんなレベルじゃない。
交通事故のレベルだ。
絶対、無事ではすまない。
しばらく起き上がってこないと確信が持てる。
そんな吹っ飛び方。
あと、なんか倒れたままゴホゴホっと、血か何か吐いているような気もする。
「………………」
あれれ?
思わず、オーラ全開デ投げちゃったのカナ?
ワーイ、日頃ノ訓練ノ成果ダネ!
無意識デ、おーらヲ腕ニ集中スルナンテ!
あっと君スゴイナ、天才ダヨ!
「── ……よし、悪は滅びた!
良い子はおねむの時間だ、お家に帰ろう……っ」
とにもかくにも、暖かい布団に潜り込んで、全てを忘れたい気分だ。
自警団の詰め所の近くで、「あー、誰か倒れてるぅ」とか叫んでおけば、大丈夫だろ。
暴行をうけていた子供も。
まるで原因不明なナゾの力で吹っ飛んだ男も。
あとは全部、大人がなんとかしてくれるはず。
きっと。
俺は、そう思って、忍び足で現場を後にした。
▲ ▽ ▲ ▽
「さて、そろそろ、自警団の詰め所だな……」
俺は、走る勢いを弱めて、周囲を見渡す。
ちなみに自警団というのは、前世で言うところの『警察署プラス消防署』みたいな所だ。
オーラ測定で不合格だった軍人が自警団勤めになるみたいで、当家みたいな兵士の家系の人ばかり。
そのため自警団には近所のおっちゃんがいっぱいだ。
顔バレはしたくない。
事情聴取で色々問い詰められた挙げ句、今後のオーラの訓練が禁止されるような事態は、ノーサンキューだ。
叫んだ後すぐに隠れれる場所を探していると、目の前に何か降ってきた。
いや、下りてきた?
どこから?
屋根の上から?
え、何?
黒い服のひと?
いや、子供?
「……誰ですか、貴男?」
その声の感じからして、女の子なのだろう。
行く手を塞ぐように身構える、黒服の子供。
多分、さっき蹴られていた子だ。
「答えないつもりですか……?」
「あー、うん、えっと……」
何だか怪しげな格好の相手に、素直に名前を言っていいものかと、ちょっと迷う。
「では、身体に聞くしか──」
「アット=エセフドラ、5歳です」
なんか怖い事言われかけたので、すぐに答えた。
だって、何かヤだよ、なんかこの子。
一瞬、目がギラッとしたし。
急にナイフとか出したし。
ちょっと怖い。
あと、忍者みたいな覆面しているとか、正直、普通じゃないんだけど。
うん、わかるよ。
多分アレよな。
英才教育のスパイとか暗殺者とか。
そういう感じの女の子なんだろうな。
「……く、口先だけでは、どうとでも言えます」
「えっと……身元確認したいなら、そっちの自警団の詰め所いく?
近所のおじさん居るけど」
「……くっ」
いや、キミ、『くっ』って。
俺を拷問したい、みたいな感じ出すの、止めて。
おチンチンがヒュンってする。
「……ところで、キミ、大丈夫?
さっきすごい蹴られてたみたいだけど……?」
「……鍛え方が、違います。
貴男たちのような凡夫と、一緒にしないでください」
うわ、可愛くねえっ こいつ。
「そもそも、脱力して打撃の勢いを逃がしていたのです。
貴男が余計な事をしなくても、機を見て反撃する予定でした」
例えツンデレでも、嫌われるタイプのツンデレだぞ、これ。
あと、確かに、自動車事故の衝突実験みたいな吹っ飛び方してたけどさ。
なるほど、ああやってダランとして、勢いを逃がしていたのね。
あー、昔(前世で)マンガで見たわ、そんなの。
「ハハハ……じゃあ、余計なことしちゃったね。
それじゃあ……」
「待ちなさい」
「あはは……な、何かな……?」
「貴男には確認する事がありますっ」
わかります、オーラの事ですね!
やっぱり、オーラ取締法(予想)違反は重罪ですか!
やばい、処刑コース不可避か、これ!?
「脱ぎなさい」
「……は?」
「服を、全て脱ぎなさい」
「え、なんで……?」
「では、死にますか?」
「あ、はい!
脱ぎます、すぐ脱ぎますですっ」
俺は、スパイ幼女だか暗殺幼女だかに脅され、慌てて服を脱ぎ捨てた。
(更新予告)
では、また2時間後に