062話ヨシ! 超弩級・七つ雲(1)
ある日の、幼年学校からの帰り道。
「うちの兄ちゃん、今回は帰郷できないって」
俺は、軽めの駆け足で走りながら、灰色ロング髪の男児伝える。
「あ、うん。
ボクの家にも、お師匠さまから手紙来たよ。
副都の周りじゃ魔物が活動期なんだってね」
兄の弟子・フォルは、こっちを見て肯いた。
かつては、ぽっちゃり気味だった文学少年も、スマートで引き締まった体型に。
今じゃ、俺やマッシュの全力疾走に着いてこれるくらいに鍛えられてきた。
ちょっと感慨深いものがある。
フォルと2人で、えっほっえっほっと併走しながら話を続ける。
「狩猟隊の叔父さんも 『近くの魔物が活発化してる』 とか言ってたし」
「そうなんだ、ちょっと怖いね……」
ちなみに狩猟隊は、文字通り城郭外に魔物を狩りに行く軍の部隊。
そのついでに、魔物の生態や生息状況を調査するも仕事のうちらしい。
何年かに一度、魔物の群が都市に殺到する事を考えれば、結構大事な仕事だ。
その狩猟隊所属の叔父さんが言うには、魔物には活動期と休養期あるらしい。
何年かに一度くらい草食の魔物のエサが増える時があって、それが影響するらしい。
活動期になると、魔物が増えたり凶暴になったりで、危ないので都市の間の行き来が制限される。
下手すると、数年間くらい、隣の都市に行けないこともあるらしい。
(マジでヤバいな、この世界……)
思わず、冷や汗がたらり。
(俺、武門の子で良かったぜ。
オーラ使えない一般市民とか、マジで地獄だろこの世界……)
俺は頭を振って、そんな陰鬱な考えを追い出す。
そして、駆け足で息の切れなくなったフォルに首を向けた。
「しかし、まだ当家の兄ちゃんと文通してたのか……マメだな」
「マメって言うか……
やっぱり、ひとり稽古じゃ限界があるし。
新しい技の練習とか、いろいろ相談する事もあるから」
「お、おう…………そ、そうか」
なぜ、武道の実技を、文章で教えたりするのか。
前世ニッポンでは、『通信教育でカラテ習った』とかいう定番ジョークがあった。
正直、そのレベルにしか思えない。
そんな独学プラス通信教育で、フォルの腕前がメキメキ上がってる。
ナゾすぎて、意味がわからん。
長槍術においては、俺程度の腕なんて既に追い抜かれているし。
最近マジで、天才あつかいされてた兄ちゃんの動きに似てきている。
(やっぱ、天才とかいう人種は理解できないな……)
そんな風に思って、ちらりと空を見上げる。
時刻は午後4時くらいなのに、やけに空が暗い。
雨か雪でも降るのか、と思って雲を見ると、妙に空が赤黒い。
時折、変な色の雲も混じっている。
俺が足を止めていると、フォルが戻ってきて、俺の視線の先を見る。
「アット君、どうしたの?」
「いや、なんか……変な空だなって」
すると、タードちゃんやマッシュも集まってきた。
「あぁ、ホントだぁ」
「うへぇ……ムラサキの雲とか、気持ちわりぃ」
うん、なんか不吉だな。
▲ ▽ ▲ ▽
アット君のオーラ教室も、2年も続けば色々変わってくる。
2時間という短い訓練時間を有効活用するため、最初のランニングを下校の道で済ませるようになった。
幼年学校が当家から3個隣りの街にあるんで、片道3kmくらいでちょうど良いのだ。
筋トレ、組み手、オーラ技の練習。
この3種類を、短時間で繰り返し行う。
1個のメニューを長時間やると、どうしてもダラダラしちゃう。
短時間の高負荷メニューを複数やる方が、成長に繋がってる感じがする。
1時間して途中休憩で寝転んでいると、お隣さん家から声が響いてきた。
「ねえ、マッシュとチビっ子たちぃ!
おやつにソバ薄焼き食べるぅ?」
マッシュの姉ちゃんだ。
「食べる!」「欲しいです!」「わたしも!」「いえぇい!」「ぼくもぼくも」「たべるー」
4人 ── どころじゃない声が、大きな声で返事をする。
「お母さん、みんな食べるって ──」
「── じゃあ、いっぱい作らなきゃね」
マッシュの家からそんな話し声が聞こえてくる。
すると、チビたちがキャアキャアと盛り上がる。
当家の姫様とマッシュの弟妹、そしてその遊び仲間たち。
俺達の訓練を、毎日見に来ていた子どもたち。
空中でドカドカバシンとか超人格闘マンガみたいな訓練していたら、憧れるのは分からなくもない。
(でもなぁ……
当家のパパンだけじゃなく、マッシュパパや近所のおっちゃん達も渋い顔をしていたのが、なんか気になるんだけどなぁ……
アレ、いったい何んっスかね?
子どもがオーラ覚えるのは、別にご禁制じゃないハズなのに……
もったいぶってないで、いい加減教えてくれませんか、転生神ぁ?)
そんな益体のない事を考えていると、
── グショォォオン!!
まるでトラックの排気ブレーキを、百倍か千倍にしたような音が響いた。
あるいは、鯨の潮吹きを真横で聞いたら、こんな感じかもしれない。
「うわ!」
「びっくりしたぁっ」
「何、この変な音っ」
チビたちだけじゃなく、マッシュやフォルまでキョロキョロしている。
すると、また、すごい音と振動が襲ってくる。
── ドオオオオォォォォンッ!
── ブッシャァアア!
── フッシュゥゥ!
── フッシャァアアアア!!
「── なに今の!
蒸気機関の爆発っ?」
お隣の玄関から、マッシュの姉ちゃんが飛び出してきた。
「── キャアァッ」
だが、家から道路に飛び出してすぐ、強風に煽られて、立ち尽くしてしまう。
いや、ただの強風なんてもんじゃない!?
台風直撃並みの、すごい風がうねって、さらに強まっていく!
── ゥゥゥォォオオオオオオッ!!
激しい風のうねり声。
「── ~~~~っ! ~~~~~~!?」
目の前で、タードちゃんが何か必死に叫んでいるのに、それが全く聞こえない。
強すぎる風に目をシバシバさせながら振り向けば、家の前の大通りに、白い渦が柱のように伸びていく。
「── 竜巻!?」
俺は、多分そう叫んだ。
多分というのは、自分の声さえ聞こえないくらいの、暴風の最中からだ。
視界の端で、フォルがタードちゃんとマッシュの手を引っ張り、ジェスチャーで指示。
3人は、当家の妹やマッシュの弟妹なんかのチビたちを、両脇に抱えて、倉庫へ避難していく。
俺も、それに続こうとして ──
「── ~~~~~ッ!!?」
── ある光景が、俺の足を止めた。
突進してくる竜巻に捕まり、天高く吸い上げられる、華奢な身体。
マッシュの姉ちゃんの、絶望の表情。
それを見た、瞬間。
俺の身体は、動いていた。