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061話ヨイカ? 暗部のそんなガキャァいねえ!

辺境都市とも揶揄(やゆ)されるオルボンド。


都市中枢と外郭のちょうど中間あたりにある商業区域の、一番はずれ。

そこに商号の看板すらない倉庫があった。


軍の暗部の、カモフラージュだった。


運送や荷下ろしの作業員の格好をしているのは、夜鷹 ── 暗部の工作員だ。



その事務所に、作業用ツナギの長髪男が入っていく。



「いい加減にしなさいよ、あんた達!」



入室と同時に、そんな雷が落ちて、男はビクリと身を竦めた。


長髪男が何事かと事務室内を見渡せば、若手2人にこんこんと説教している女性同僚の姿。

男は眠そうな目で、しばらく様子を見守る。

そして、うつむいた若手2人と入れ違いで、不機嫌そうな女の元へと向った。



「あ~……今日はまた、ずいぶんとご機嫌だな」


「まあ、ね。

 アンタは気楽そうでいいわね……っ」


「エラくなる気がないからな、俺。

 管理職なんてまっぴら、ずっと下っ端でいいや」


「そうやってグダグダとへ理屈ばっかりっ

 ちょっとは若手の面倒みなさいよ、アンタもっ」



同僚の女工作員はまだ怒りが吐き出し足りない様子。

長髪の男は、隣のデスクに腰掛けると、目をこすって去って行った若手2人の方に振り返った。



「あれ、今年の新入りだろ?

 何をしでかしたんだな」


「これよ、これ!」



女は、ゴミ箱に放り込んでいた書類を、机の上に広げた。



「始末書……じゃ、ないな。

 有力情報(タレコミ)の報告書か……?」


「そう、今月のノルマ」


「で、何なんだ、このタレコミ……」


「まったく、バカみたいな内容よ……ふんっ

 ── 『二十何番街かに、勝手にオーラ技術を(・・・・・・)教えている(・・・・・)子ども(・・・)がいる』 とか、そんな話」


「なんだそりゃ……?」



言われて、長髪の男も呆れ顔。



「そうでしょ、そうでしょ、ありえないでしょう?

 しかも 『見たことない技術』 だとか 『空飛んで回ってる』 とか……っ」


「まあ、そりゃアレだな。

 寝ぼけてるとしか言いようがないか……」



女は疲れた表情で、眉間をもみながらグチを続ける。



「ついこの前もね、小型の魔物と人間の子どもを見間違えて(・・・・・)報告書をあげてきたばっかり。

 最近いつもそんな感じなのよ、あの新人2人組(ペア)?」


「いつもそんな感じなのか、あの新人2人組(ペア)……?」


「『街道の近くで子どもが襲われていたから駆けつけたら、子どもが(・・・・)自力で魔物を(・・・・・・)倒してしまった(・・・・・・・)』 とか。

 『人間の子どもが、倍の大きさの魔物を抱えて、すごい勢いで走って行った』 とか。

 そんな事を、大真面目に書いてくるのよぉ ──

 ── もう、勘弁してよ!

 わたしの頭の方がどうにかなりそうよ……っ!」


「気の毒に……」


「多分ね、きっと、飛猿魔か何か小型の魔物を人間の子どもと見間違えたんでしょうけど。

 ── そういう事を、疑いもなく報告書に書いて提出する、普通?

 酒か鎮静剤のみすぎて、ぼやけた頭のまま仕事してんじゃないの、あの2人……」


「ああ……その、なんだ。

 色々あるからな、この仕事。

 酒やら薬やらに逃げたくなるのは、まあ解らないでもない……」



長髪の男工作員は、どこか(なだ)める口調だったが、



「アンタねぇ……っ

 面倒くさいとか、エラくなりたくないとか、相棒の世話で手一杯とか、色々言って指導役から逃げ回っているくせにっ

 こんな時ばっかり、新人の肩を持つんだあぁ……っ?」



逆に、女工作員の不評を買ってしまう。

それを切っ掛けに、彼女のストレスが爆発する



「── 大体ねぇ、全てはあの書記官が悪いのよ、あのハゲ!

 王都から来たか何だか知らないけど、『ノルマ、ノルマ』ってバカのひとつ覚えっ

 毎週毎週、『目新しい情報を手に入れて報告書あげろ』 ぉぉ!?

 バカじゃないっ

 そんな事させてたら、若手なんて、すぐネタ切れになってデマカセ書いてくるって、ちょっと考えれば解るでしょ!?」


「…………」



大声で上司への不満をブチ撒け始めた女工作員。

それを横目に、聞き流しながら、水筒をあおる男工作員。


ここだけ、週末の盛り場のような有様だ。



「── ああ、そうでしたね!

 ちょっと考えれば解る事も知らない、上滑りのエリート様でした!

 スベるのアタマだけにしとけよ!

 ハゲ頭の(あぶら)ギトギト親父め!」


「……ほどほどにしとけよ。

 相手は一応、由緒正しい名家(めいか)の貴族サマだぜ?

 うっかり 『ぶっ殺す』 なんて口が滑って、反逆罪適用とかシャレにならないからな」


「わかってるわよ……っ」



長髪の男は、同僚の机に散らばった書類の1枚を拾い上げ、斜め読みして、ため息。



「まあ、しかし。

 オーラ教えるとか。

 魔物倒すとか。

 空飛ぶとか。 

 ── そんな子ども(ガキャァ)居ねえな、どう考えても……」


「あっっったりまえでしょがぁぁ!」



そんな癇癪玉の炸裂に、周りの人間は巻き込まれては溜まらないと、コソコソと事務室から出て行く。


そんな大人を尻目に、小柄な人影が事務室に入ってきた。




▲ ▽ ▲ ▽





「いったい何事ですか?

 さっきから訓練室まで響いてますよ……」



黒づくめの覆面姿で、顔は見えない。

だが、響く声は 『若い』 を通り超して 『幼い』。

そして、大人の半分もない体格からして10歳未満である事は間違いない。



「……ああ、すまんなお嬢。

 ちょっと、『薬箱(くすりばこ)』がなぁ……」


「── 何よ『火箸(ひばし)』 、わたしが悪いって言うの?

 悪いのは、こんなワケの分かんない事させてるハゲと、バカみたいな妄想書いてくる新人ペアでしょ……っ」



女工作員は、台詞はともかく自覚はあるのか、徐々に声が落ち着いてくる。



「……よく分かりませんが。

 精神状態(メンタル)が乱れているなら、少し休みを取っては?」


「まあ、そうね……

 寝不足でイライラしているのも確かね。

 昼までに片付けて、今日は早めに切り上げるかなぁ……」



10歳(ひとまわり)以上年下の女児(こども)にたしなめられて、女工作員は少し落ち着いていく。



「── 休息は大事ですね。

 余裕のない(げん)は簡単に切れる、と言いますから……」



黒覆面の女児が、上着を脱いで汗を拭い、両腕のテーピングをまき直す。



「………」



彼女の砂色の幼い手足に、()り傷や青アザが、痛々しい。

長髪の男工作員は、そんな感想をひとまず飲み込み、別の事を口にした。



「……さっきの 『薬箱(くすりばこ)』 の話。

 なんか聞いた覚えがあると思ったら、前にお嬢が似たような事、言ってなかったか?」



すると、女工作員が目を見開いて、両手を打ち合わせた。



「── あっ 天然のオーラ能力者!

 何年か前に、『飛猿魔』 を射出機の大矢尻で倒したっていう、アレ?」


「そうそう。

 それだよ、それ」


「でも、アレ、結局は不確情報(アヤしいハナシ)でしょ?

 実地検証した時、お嬢もシブい顔してたし……」


「だがよぉ、『お嬢と競争した男児(ガキ)』 ってのは、本当に居るわけだろ?

 ── なあ、お嬢。

 いつかの天然オーラ使いの男児(ガキ)って、最近どうなんだ?」



長髪の男工作員は、黒覆面の年少者に声をかけた。



「── どう、とは……?」



彼女は、チューブトップのような肌着(インナー)の上半身だけ捻って、振り返った。



「いや、その……元気だとか、また懲りずにイタズラしてるとか、そういう ──」


「── ああ……っ」



女児は、納得の声とともに微苦笑。

目元だけ素顔がのぞく彼女は、年齢に似合わず、まるで疲れた大人のような表情。



「元気……だといいですね」



投げやりにも聞こえる台詞に、大人2人は困惑の表情。



「えっと……

 お嬢、最近、 『男児(そのこ)』 と会ってないの?」


「……会いませんよ、別に用事もないですし」



素っ気ない言葉に、女工作員は眉をしかめる。



── お姉さんが男を夢中にさせる方法とか、色々伝授してあげようと思ったのに……



── だ、黙りなさい、『薬箱』(くすりばこ)……っ

── 気になる男の子とか、いませんのでっ!



そんな、1年半ほど前のやり取りを、今さら思い出した。

彼女は、『お嬢』 の可愛らしい反応を微笑ましく思っていただけに、心配になる。



「何か、あったの……?」


「何も」


「何も、ってお嬢……

 その子の事が気になってたんでしょ?」


「気になる……そうですね。

 会えば口ゲンカした記憶しかないですが、会えないとなると気になりますね。

 こういう相手を『腐れ縁』 というのでしょうか……」



女児は、その幼い外見に似合わず、昔を思い返す大人のような惜愁(せきしゅう)の声。



「ふっ……── 」



小さなため息が一つ。

未練も全て断ち切るような、鋭い吐息だった。



「数少ない、わたしの知己(ちき)です。

 何か(・・)あったら、困ります。

 何も(・・)ないに超した事はありません。

 だから、もう二度と会いませんし ── 会えません」


「お嬢……」



女工作員は、想いの重さに口を(つぐむ)む。


対して、男工作員は鋭く目を細めた。

大切な相手に背を向ける、そんな態度を責めるように、問いただす。



「── お嬢は、それでいいのか?」


「いいも、なにも。

 わたしは、闇の一族ですよ?

 光の世界に生きる人とふれあうなんて、あり得ませんよ」



女児の答えは、つとめて軽い声。

決まり台詞を(そら)んずるようだった。



闇に生まれ闇に生きる幼い子は、テーピングを終えると背を向けて、訓練室へと戻っていく。



「………………」

「………………」



大人2人が残された事務室には、気まずい沈黙だけがただよっていた。

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