056話ヨイカ? そんなガキャァいねえ!
「── そんなガキ、いるワケねえだろがっ」
無精ヒゲを生やした中堅の鍛冶職人が、吐き捨てる。
本人が思った以上に、大きな声が出ていたのだろう。
昼食時の休憩室に響き渡り、職人仲間の関心を引いた。
「おう、どうしたどうした?」
「何を大声あげてやがんだ?」
一斉に注目された、中堅職人と若手職人。
「いや、その、なんだ……」
向かい合って怒鳴りつけられていたのは、若手職人の方。
頭巾のようにタオルを巻いている男が、困ったようにほおをかいた。
彼は、半笑いで続ける。
「── 昨日の夕方の事なんですがね。
オレっちが当番で工房を閉めてたら、変な男児が来てよ。
『魔物の角を持ってきたから、これで剣を打ってくれ』
なんて、生意気いいやがったんですよ」
頭巾の若手職人は、壁に立てかけていた50cmほどの赤い角を差し出す。
それを覗き込み、同じ工房の職人仲間達が、口々に言う。
「へえ、この角で剣を、ねえ」
「そりゃあまあ、こしゃまっくれたガキだな」
「こんだけの角ってなると、なかなかの大物じゃねえか?」
無精ヒゲの中堅職人が、炉の火で赤焼けた顔をしかめて、口を開いた。
「来たガキは、俺のせがれより年少らしい。
そんなチビのガキが、だ。
── やれ、自力で魔物を狩った、だの。
── やれ、背丈以上の刃物を振り回す、だの。
さんざん寝ぼけた事をほざいたそうだ」
周囲から冗談を聞き流すような、軽い笑いが起きた。
「そりゃまあ、話が出来すぎだっ」
「確かに、そんなガキがいるわけねえなっ」
若手職人は、周囲の反応を伺うように、おずおずと口を挟んだ。
「そんな、本当かどうか解んねえ事を言いやがるから ──」
「── アホか、本当なわけねえだろ。
ガキの大嘘なんか真に受けてんじゃねえっ
この角だって、拾ったか、盗んできたか、どっちかだろっ」
無精ヒゲの中堅職人の、手厳しい突っ込み。
若手職人が言い訳するように、小声でつぶやいた。
「いや、別にオレっちも、真に受けてなんかねえですけど……」
すると、騒ぎを聞きつけ、ひときわ威厳のある老職人が近寄ってきた。
「そいつはまた威勢の良いガキじゃねえかっ
俺は、そういうの嫌いじゃねえぜ?」
すると、職人仲間達は居住まいを正す。
無精ヒゲの中堅職人も、不機嫌な声を和らげた。
「勘弁してくださいよぉ、頭領。
ここは軍の鍛冶工房ですぜ。
わざわざガキのオモチャ造ってやるような場所じゃありませんぜ」
「はっはっは、まあな。
しかし、お前ン所のガキより年少ってなるってぇと、幼年学校の下級生くれえか?」
「ええ、おそらく。
悪童とはいえ、そんなチビに刃物もたせるワケにゃあいかんでしょうよっ」
「まあ、そいつは道理だな。
万一、ケガでもされちゃあ寝覚めが悪い」
老職人は、自分の禿頭に残る、もみあげを撫で回す。
そして周囲を見渡すと、急にカッと目を見開いた。
「── おい、その角っ
まさか、赤面熊の成獣のモンじゃねえか?」
その言葉に、周囲は一気にざわめいた。
「赤面熊!」
「それって 『馬車潰し』 の事か!?」
「おいおい、防衛隊に緊急招集かかるヤツだろっ」
「そんな角、そこら辺に落ちてるようなモンじゃねえぞっ」
老職人は、50cmほどの角を持ち上げ、じっくりと見定めた結果を告げる。
「間違いねえ、本物だ……。
しかも、さっき仕留めて抜き取ったばかりみたいに、色艶がいい」
すると、無精ヒゲの中堅職人が、悲鳴じみた声を上げる
「おいおい、とんでねえもん盗んできてんなっ
もうガキの悪戯じゃすまねえ、軍法会議モンだぞ、これっ」
周囲のざわめきが一転し、緊迫感のある沈黙に変わる。
事の重大さに、赤い角を手に持つ若手職人は、青ざめた。
「お、お頭……、これ、一体、どうしたら……」
「もうじき、四半期の在庫確認の時期だな……
工房の倉庫に置いておいて、役人共に痛くもない腹を探られても、アレだ。
それに、軍属工房から憲兵なんかに持ち込んだら、話がこじれるかもしれん……」
老職人は、そう独りごちて、ため息をつく。
じっと、若手職人を見据えて、続ける。
「── 若手、お前が責任もって、持ってきたガキの家に行って、親と話してこいっ」
「は、はい……」
若手職人は、叱られて落ち込んだような声で、頷く。
それを見て、無精ヒゲの中堅職人が、舌打ちとともに吐き捨てた。
「── だから俺が言ったろうが!
変なモン受け取るなってっ」
珍事の盛り上がりから、急に暗くなった工房の休憩室。
その雰囲気をもり立てるように、職人仲間のひとりがつとめて明るい声で軽口を叩いた。
「── そういや、さぁ。
ウチの下の子が、『去年のイモ掘り実習で、魔物を倒した子がいる』とか言ってたけど。
そのガキって、もしかしてソイツだったりして」
「バカ、子どもに倒せる魔物なんて、遊渦貝くらいだろ」
「いやわかんねえぜ。
子どもだって、上手くやれば羽根イタチくらい倒すかもしんねえ」
「ハハッ、例の、『エセフドラの天才児』 かよ。
でも、アイツなら、もう十歳越えてて、輝士養成校に入ってるはずだろ?
今頃、副都でしごかれてるハズだぜ」
「その 『エセフドラの天才児』 だって、羽根イタチを仕留めたのは、防衛隊の親父が一緒の時って話だろ?
いくら 『小エセフドラの再来』 とか、はやし立てられてても、そんなもんだぜ。
ちっこいガキがたった一人で、魔物に ── しかも『人食い』に立ち向かえるかよっ」
職人仲間達は、軽口を叩き四方山話をしながら、作業場へと移動を始めた。
▲ ▽ ▲ ▽
「冗談じゃねえよ……」
若手職人は、何十度目かのグチを零す。
幸い、魔物の角を持ち込んだ子どもの家は、本人が住所を書き置いていたので、簡単に解った。
工房から二つ隣くらいの区画だ。
「あの男児も、例のヤツと同じ 『エセフドラ』 か……」
軍人としては珍しくない姓だった。
建国期に活躍した英雄の血脈なので、子孫も多い。
「子どものした悪戯とはいえ、軍の倉庫から盗みとか、先祖が泣くぜ……」
若手職人は、陰鬱な表情。
面白い男児だと好印象だっただけに、いよいよ気が進まない。
武門、それも現役軍人の身内の悪行となれば、軍としてもお咎め無しとはいかない。
規律が疑われ、軍の内外に示しがつかないからだ。
誰も幸せにならない、後味の悪い結末を想像し、またため息が出る。
「冗談じゃねえよ……なんでオレっちが、こんな事を」
都市外郭部 ── 軍人住宅街の正午過ぎは、閑静とはほど遠い。
怒声じみた気合や、木剣を打ち合う音が、そこかしこから響いている。
夜勤明けの防衛隊員や自警団員が、就寝前の前のひと運動をしているからだ。
さらには、メモ書きを片手に歩く若手職人へ、『見慣れぬ顔だ』と鋭い視線を送ってくる通りすがりの老若男女。
区画の住人のほとんどが、軍か自警団か役所の関係者だけある。
『怪しまれたら最後、血まみれ状態で自警団の詰め所に放り込まれる』とかいう、噂話もまんざらウソと思えない。
そんな厳つい住人達におっかなビックリしながら歩み続けると、ようやく目当ての家屋が見えてきた。
「エセフドラで、住所もあってるな。
ここか……」
若手職人が、さてどうしようかと迷っていると、裏から一際ハデな訓練音が響いてくる。
「幸い、親が居る時間みたいだな……
はぁ、なんて言おう……
『実は、お宅の息子さんが盗みを働いて ── 』
……とか、いきなり切り出すと、オレっちがぶん殴られるんじゃねえか……?」
若手職人は、頭に巻いたタオルを取りつつ、訓練をしているらしい裏庭へとまわり込む。
そして、しばらく。
若手職人は、血相を変えて小走りで戻ってきた、
「── はぁ!
なんだよ、あの男児っ
なんか、そら飛んでるんだけど!
木と木の間、飛び回ってんだけど!」
混乱の表情で、頭を抱えて身をよじる。
「もう一方の男児とか、びよ~んって腕伸びてんだけど!
それで、あの男児を投げ飛ばしてんだけど!」
さらに興奮してきたようで、大声で独り言を喚き散らす。
「それなのに、なんで受け身とれんだよ!?
なんで、触っただけで煉瓦が粉々になってんだよ!?
なんか、変な霧みたい物も出してたじゃねえかっ!?」
自分が見た物が到底信じられないとばかりに、ガクガクと首を振る。
「アレが、生来のオーラ能力者ってヤツなのか!!?
── いやいやいやァ、聞いてた話の10倍くらいヤバいって!
なんかドゴンドゴン、スゲー音がしてんだけどぉ!!!」
若手職人は、頭に巻いたタオルで、顔の汗を拭き。
そして、ハッと気づいた。
もう片手に持つ、50cmほどの長細い包みを。
「……あの男児、マジで自分で魔物狩ってきたって線、ないか?
うわぁ、想像できるぜ、俄然やってそうだぁ……。
── ってか、今さら『剣とか出来ねぇ』 って断りでもしたら、あの男児にオレっちが殺られちゃわないか?」
若手職人は、ふと想像してしまう。
怒り狂ったエセフドラ男児に襲いかかられ、無残な有様になった自分の姿を。
「あ、ある! あり得る!
『お前、コレどっかから盗んできたんじゃねえか?』 とか口が裂けても聞けねえ!
いや、むしろオレっちの口が裂かれちまうっ」
そう叫ぶと、若手職人は全力で駆け出す。
▲ ▽ ▲ ▽
それから、しばらく。
「なんだ若手、今日は気合いが入ってんじゃねえか?
そういえばお前、この前の威勢の良いガキの件、どうなっ ──」
「── お頭!
今、それどころじゃねーんです
オレっちの命がピンチで一大事なんです!」
「お、おう……そ、そうか……」
辺境城郭オルボンドのとある鍛冶工房では、鬼気迫る勢いで槌を振るう若手職人の姿が見られたとか。
ちょとだけ、GW中に更新しておきます。
え、ウマムスメ……?
何の事かなぁ……ボクわかんないや。