045話ヨシ! 放課後ストーカー
「アット、来たぞっ」
「おいマッシュ、声が大きいって……っ」
俺とマッシュは、街角で物陰に隠れていた。
下校中に待ち伏せだ。
俺やマッシュが気になる女の子に告白!
とか、色気のある話ではない。
なにせ、待っている相手は同じ歳の男児である。
(いったい何やってんだ、俺は……)
と、冷静になる度に、虚しさが吹雪のように心の中を吹き荒れる。
虚しさ海峡冬景色 in 異世界ワールドである。
カモメじゃなくて、俺の心が凍そうである。
まだ、季節的に秋なんだけど。
しかし、必死なマッシュは、そうでもないらしい。
「よし、きたきたっ
さあ、行くぞっ」
「………………」
また声デカいし。
「ほら、アットっ
アイツ行っちゃうぜ、早く早くっ」
「…………ふぅ……っ」
俺はため息をついて、マッシュの後に着いていく。
── 何故、コソコソこんな事をやっているのか?
それは、ちょっとアレな頼み事をするためだ。
内容が内容なので、彼がひとりっきりになった時を狙っている。
そもそも、この前のイジメ騒動(誤解)の結果、接触禁止命令である。
俺とマッシュは、例の文学少年ムルタクメダ氏のクラスに近寄れなくなった訳だ。
思わず『ストーカー裁判かよ』 、と突っ込みたくなる状況だ。
「……はやく帰って、筋トレしたい……」
俺としては、既にうんざりだ。
ここ数日、放課後をこんな事につぶされている。
日課のトレーニングさえ、滞っている。
また背筋が鈍らないか、心配でならない。
「アイツの家って、スゲー遠いよなぁ」
「そうだな。
このまま行くと、商業区域か……?」
商業区域というと、偉い人が住む中央区域のちょっと外側。
高級住宅街や専門店が建ち並ぶ、中心市街地だ。
「アイツ、月に2回くらい、本屋によるらしいぜ」
「へ~、マジで文学少年だな……
しかし、本屋か……」
件の文学少年が向かう先、市街地の大きな本屋さん。
俺も、ママの買い物についていって、何度か行ったことある。
もちろん、少年マンガを探しに、だ。
そして、絶望に打ちひしがれた。
この世界には、そういう物は、まるでなかった。
『絵が多めの本』となると、幼児向けの絵本か、技術的な解説書、図鑑とかばかり。
イラスト表紙の恋愛小説とか推理小説とかクイズ雑誌みたいな、別ジャンルの娯楽本は結構あっただけに、落胆も大きかった。
誰か 『少年が冒険に出たり戦ったりする全ページにイラスト満載の本』 とか書けよ。
どチクショー。
俺が、心の中でグチをこぼしていると
「── あぁっ」
と、マッシュの声。
一つ先の区画で、文学少年がからまれていた。
相手は男3人組で、体格からして年上(といっても8~9歳くらい?)。
制服からして、他校の生徒らしい。
── あっ
ポッチャリ気味の文学少年が、脇道に連れ込まれた。
俺たちは、慌てて少年1+3人が入っていた脇道へと、駆け足で向かった。
▲ ▽ ▲ ▽
「なんだ、オマエら……っ」
小太りで角刈りの推定8歳児が、こちらを睨んでくる。
「エセフドラ君と、ペスヌドラ君……?」
灰色髪の文学少年ムルタクメダ氏は、壁に押しつけられ胸ぐらを捕まれていた。
典型的な、カツアゲ風景である。
こればっかりは、ファンタジーな異世界でも変わらないらしい。
マイナス方向に 『こっちでも変わらなんだなっ』 な風景はいらんのだが。
「── え、なになに?
君ら、コイツの友達ぃ?」
他校の上級生3人組の中で、一番背の高いヤツだ。
ポケットから絆創膏を取り出し、指先につまんで突き出してくる。
「これさぁ、ケガをしないお守りなんだけど、君らも買うよなぁ?
普通は100貝幣もするんだけど、今だけ特別に1枚1貝幣におまけしとくからさぁ?」
ニヤニヤと目を細め、威嚇するように口を大きく開けて、迫ってくる。
意訳すると、『買わないとケガさせるぞ』 という事なんだろう。
ヤケに物騒な押し売りだな。
しかもバンソーコ1枚が1千円~2千円とか、無茶苦茶だろ。
異世界でも、人類マジおろか。
某K●Fみたいに、世界意志的なオ●チの化身が復活すんぞ、オラっ
俺達の沈黙を、ビビっていると勘違いしたらしい。
上級生たちはケラケラ笑いだす。
「チビども、ビビってやがるっ」「イジメすぎだってばっ」
俺たちより頭二つ分は背の高い上級生が、マッシュの隣にきて、馴れ馴れしく肩を組む。
「ヒヒヒっ
なあチビども、フォルのヤツと同じ学校なんだろ?
オマエらも、痛い目あいたくなけりゃ、カネを置いてさっさと ──」
「── フンッ!」
瞬間、マッシュの裏拳が、相手の顔面に炸裂。
続いて、スネ蹴り。
「── い、いってぇぇっ
あぁあっ 足がぁ、鼻から血がぁっ」
背の高い上級生は、情けない声を上げて倒れ込む。
まあ、こう、なりますよね。
そうは思うが、一応マッシュに注意しておく。
「……イラついたのは解るけど。
『一般ご家庭の子』 を急に殴るのは、どうかと思うぞ」
「でもコイツら、悪いヤツだぜ?
ボコボコにしてもパパには怒られないぞっ」
マッシュの言わんとする事も解る。
だが、しかし。
俺はなんか、前世オッサンで中身は紳士的大人なので、
『小学生くらいの子どもを、本気で殴るのはちょっと……』
と気後れしてしまう。
それに、相手は鼻血がでてるし。
流石にちょっと過剰防衛じゃないかな。
「な、なんだよ、コイツらっ!?」 「ただのチビじゃねえぞ!」
残り2人の上級生、小太りの角刈りと、チビの長髪が、目を白黒させる。
「……その2人、武門の家の子だから……」
灰色髪の文学少年がそう言うと、他校の上級生たちは 『ゲッ』 という顔になる。
制服とか高価そうだし、どうも中央市街の学校区の子どもっぽい。
ちょっと裕福な一般のご家庭か、エリート文官系のご家庭か、どっちかなのだろう。
荒くれワンパク脳筋な武門の家とか、免疫がないようだ。
「や、ヤベーよ、武門のヤツだって!
……ど、どうする!?」
「どうするって、オマエ ──」
そのままビビって逃げてくれれば、ありがたかったのだが。
他校の上級生は、最悪な選択をした。
「── クソ、知るかよ!
家が武門だからって、いばってんじゃねえよ!」
小太りの角刈りが、ポケットから小型ナイフを取り出して、両手に構える。
「── チッ……」
ちょっと無鉄砲なマッシュも、舌打ちして二の足を踏む。
「仕方ねえな……」
と、俺が突っ込んだ。
「ひ、ひぃぃ………っ」
「うわ、うわ、うわぁぁ……っ」
一瞬遅れて、悲鳴があがる。
まあ、ドンって衝撃で、ナイフに人間が突き刺さってたら、誰でもビックリするだろう。
「── コ、コセットが人を刺したぁ……っ
お、警邏隊員さぁんっ!」
「ち、ちがう、俺が悪いんじゃないっ
コイツが、勝手に、向こうから突っ込んで……っ」
腰が抜けた上級生2人は、悲鳴を上げて半泣き。
一目散に、走って逃げていく。
「── え、えぇっ!?
エセフドラ君、だ、大丈夫!?」
文学少年が、バタバタと駆け寄ってきて、オロオロと俺の周りを歩き回る。
すると、マッシュが近寄ってきて、呆れ声で告げる。
「いや、心配すんなって。
アットのそれ、ナイフが刺さってる訳じゃないからな……」
「おおっ」
俺は、思わず関心の声を漏らす。
マッシュ、あの一瞬の動きが見えてたのか。
コイツ、動体視力とかスゲーな。
「ほいっ」
俺は、右脇に挟んでいただけの、小型ナイフを外してみせる。
【身体強化】と【瞬瞳】を発動して、一気に間合いを詰めて、ナイフを右脇に挟み込んだだけだ。
むきだしの刃物をヤンチャな子どもが振り回すとか、誰が考えても危ないからね。
それを目にもとまらぬ早業でやったら、相手がパニックになっただけだ。
『俺が自分からナイフに刺さりに突っ込んだ』 と錯覚したらしい。
「そういう訳で ──」
「── こ、ころさないで……っ」
俺は、マッシュに殴られた上級生を立たせると、小型ナイフを手渡す。
「いや、別に殺したりしないから。
コレ、お友達に返しておいてくれる?」
「わ、わかりましたっ
もうフォルには近づきませんっ
だから、殺さないでっ」
「いや、だから殺したりしないって……」
「これから真面目になりますっ
宿題もちゃんとしますっ
お母さんの手伝いも毎日しますっ」
「── お、おう……そ、それはいい心がけ……」
やたらビビりまくられ、俺は半笑いで肯く。
長身の上級生は、ビクビクとおびえながら、小走りに去っていた。