037話ヨシ! ハイパーフ-ル(↓)
俺は、新しい輝甲の動作テストで、夜空に向かって飛び立った。
次の瞬間、視界に広がる大絶景。
山脈の間から顔を出した満月が、樹海を静かに照らしている。
時々、キラキラと見えるのは、湖や大河だろか。
「うわ……すげぇ……」
外の世界を見たのは、人生2回目だ。
だが、前回と印象が違う。
妖しくも美しい、ファンタジー世界。
そんな光景に、吐息が震える。
(── あれ……?)
ふと、疑問が頭をよぎる。
外の世界。
つまり、城壁の外。
「なんで、城壁の外が見えてるんだ……?
俺、どのくらい跳んでるんだろう……?」
ちらりと下を見ると、街の灯りがやけに遠く感じる。
慌てて左右を確認すると、右手遠方に石造りの塔が見えた。
俺は、とっさにオーラ視覚強化【瞬瞳】を発動。
視覚が望遠し、同時に時間の流れが緩やかになった。
石造りの塔の上には、黒っぽい輝甲を装備した兵士が数人。
うち1人と、目線があった気がする。
視線の高さは、俺とほぼ同じくらい。
そのまま視線を少し下げると、城壁の上の通路を行き交う兵士の姿が目に入る。
(── げげっ
あれ、城壁の上の見張り台か!
なら、今だいたい高度30m前後ぉっ!?
いや、跳びすぎだろ、それっ)
当初の予定は、屋上10mからプラス10m上空(計20m)くらい。
城壁の高さまでジャンプできれば十分のはずだった。
それが、予定の倍近く(プラス20m)の跳躍をして、上空30m近くに到達していた。
何がマズいと言えば ──
── そんな高さから着地する方法なんて、考えてないんだよ、俺っ!!
一瞬、見張り台まで【鉤縄】が伸びないかと思った。
だが、家から軽く1kmあったのを思い出して、すぐに止める。
【鉤縄】の射程なんて、20mくらいしかないんだから、絶対届かない。
俺が次に考えたのは、バンジージャンプ方式。
城壁の上端に【鉤縄】を引っ掛けて、ゴムみたいな伸縮を利用して、減速できないかという事だった。
(上空30mからの落下の勢いを、高さ20mの城壁からのバンジーで減速って……
なんかもう、既にムリ臭いけど!
でも、やるしかねえっ
── ってか、やらなきゃ死ぬぅっっ!!)
俺は、意を決すると、斜め下を見ながら【瞬瞳】を解除。
同時にジャンプの頂点に至ったのか、身体を包んでいた浮遊感が消える。
代わりに、内臓が持ち上がるような、落下感。
すぐに、ゴウゴウと耳元で、風がなり始める。
(── こ、こええぇぇぇ~~っ
なんでこんなバカなことしたんだよ、俺!
ちょっとは考えて、もっと慎重にやれよ、俺!)
現実逃避したいほどの恐怖。
あとは、自分の軽率さへの文句しか出てこない。
もちろん、そんな事をしているヒマはないんだが。
なにせ、10mの落下なんて一瞬だ。
── 1秒くらいか?
── いや1.5秒くらいかな?
(── うへぇっ!?
もう、城壁の縁が近づいてきた……っ!)
放物線上に落下する俺の身体は、城壁の上端まで数mに迫る。
その瞬間に、再度、【瞬瞳】を発動。
スロー再生の世界で、【鉤縄】も発動。
ゴムのように伸ばされた両手の籠手が、なんとか城壁の縁を掴んだ。
(あとは減速すればっ!)
身体がさらに落下し、城壁の縁とを結ぶ『鉤縄』の角度が45度になった瞬間を見計らい、半熟輝甲の密度を操作する。
だが、いつもなら6歳児の俺の身体くらい軽々と引き上げる『鉤縄』が、今回は勢いを相殺する事も精一杯。
いや、明らかに手に余っている。
やべえ、まだまだ落下が止まらねえぞ、これ!
それどころか、スピードもゼンゼン緩まないって!
(── どうする、どうする、どうする!
このままの落下スピードじゃ、多分死ぬ!
もう一つ、なんか減速の手段がいるっ!)
ちらりと下を見れば、もう地面が迫っていた。
『瞬瞳』でスロー化しているとは思えないほどの高スピードだ。
城壁のすぐ内側は、防衛隊の巡回路。
つまり、下は石畳が敷き詰められた道路だ!
叩き付けられたら命はないぞ、これっ!
そして、視線を戻そうとして、気づいた ──
(── そうだ、足の輝甲だ!!)
着地のタイミングに合わせて!
つま先を伸ばし、膝下からの螺旋バネ構造を限界まで伸長!
バネが跳ね返る要領で、落下の勢いを弱めれば!!?
(これでなんとかぁ……なるかぁっ!?)
だが結局、落下の勢いを100%吸収する事はできず ──
── ゴギィッ!と鈍い衝撃が、俺の身体を貫いた。
▲ ▽ ▲ ▽
「全治5週間くらいでしょうかね。
両足のくるぶし側の骨が、綺麗にポッキリと折れてます。
あとは、足の裏の骨にも、いくつかひびが入っているみたいですね」
白髪の老医師は、苦笑いを浮かべる。
というのも、
「なんでこんなバカな事ばっかりするのよ!
何かする前に、ちょっとは考える事ができないの、アンタは!
このバカ弟! 大バカ弟!」
と、姉ちゃんが、寝ている俺の横でキレ散らかしているからだ。
「スー、落ち着いて!
相手は怪我人なのよっ
もう、スーチリアったら!」
今にも俺をボコボコにしそうな、すごい剣幕の姉ちゃん。
それを押さえ込んでいるのは、お隣さんのマッシュの姉ちゃんである。
「……武門のご家庭は、にぎやかですね」
老医者はそんな事を言い残し、飲み薬を置いて、そそくさと帰って行く。
まあ、どう見ても修羅場ですからね。
仕方ないね。
「だってチリー、コイツ、このバカ、夜中に家を抜け出してっ
それで、屋上から飛び降りて遊んでるとか、本当にバカなのよ!
打ち所が悪かったら、死んでたかもしれないのにぃっ
── お、おとうとが、し、しんじゃうぅっ
そんなの、そんなの、ぜったいダメだよぉぉ~~……っ」
姉ちゃん、半泣き。
いや、少し落ち着いて怒りが収まってくると、ガン泣きが始まった。
お隣の姉ちゃんが、なだめながら部屋の外に連れ出してくれる。
うん、マジすまん、姉ちゃん。
俺も、さすがに本気で死ぬかと思いました。
アット君、反省します。
超反省します。
娘が先に激情を爆発させたため、困り顔で見守っていた母が、ベッド脇に腰掛ける。
「ねえアット、本当に反省しなさいね。
あなたがお兄ちゃんやパパみたいに強くなりたいのは、立派な事だけど。
あんまりムチャな事ばかりすると、ママもお姉ちゃんも、みんな泣いちゃうんだからね?」
「はい……」
神妙に肯く以外、ベッドの上の俺に出来る事はなかった。