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035話ヨシ! 初夏の夜(5)、金輪際

俺は、屋台のおっちゃんに代金を手渡して、麦粥(むぎがゆ)を2杯を受け取る。


そして、屋台通りのすぐ近くにある、公園なのかイベント会場なのか解らないような、大広場の端っこのベンチへ移動。


俺は、彼女に勝利の景品の麦粥(むぎがゆ)進呈(しんてい)する。


すると暗殺幼女が、物言いたげな目を向けてきた。



「…………」


「── ん、何?」


「……まったく、呆れました。

 よくもまあ、すらすらと、あんな事が……」


「だって、その覆面は外せないんだろ?

 それっぽい理由がないと、マズいだろ?」


「…………」



そういう俺の、紳士的な気遣(きづか)い。

しかし、暗殺幼女は、それをあっさり無にするように、覆面を取った。


白とまでいかないが、薄めの肌の色。

髪の毛は、黒くて(つや)やか。

顔立ちも日本人的で、ちょっと親しみを覚える。



「おいおい、いいのか?

 覆面を外して」


「た、食べにくいから、仕方なく、です。

 あまり見ないで下さい。

 顔を覚えられると困ります」



暗殺幼女は、口早に言うと、黙々と麦粥(むぎがゆ)を食べ始める。


何かと、せわしい子だな。

さっきの競争でも、スタートの合図を待たずに走り出すし。



「ああ、ちょっと待てって」



俺は、片手を上げて、ポケットからクルミを取り出す。


右手だけオーラで身体強化。

数倍になった握力が、パキンッとクルミの(から)を割る。


中からクルミの実だけを取り出して、さらに細かく砕いて、自分の麦粥(むぎがゆ)にふりかける。



「これを入れたら美味いんだぜ。

 基本的にここの屋台、安くて早いけど、味が薄いからな」



彼女の皿にも、砕いたクルミをかけてやる。


するとおっちゃんが、聞き捨てならないとばかりに、屋台から飛び出してきた。



「── 違うぞ、ボウズっ

 それは、味が薄いんじゃなくてな!

 常連は夜勤疲れのお役人さんだから、お(なか)に優しい味付けにしてる訳であって ──」


「── う、あ、おぉ、うおぉっ!」



俺は、両手をバタバタさせながら立ち上がり、暗殺幼女を背中に隠す。



(おいおい、おっちゃん!

 いきなり出てくるなよ、あっぶねー!

 2人して、屋台の方に背中向けてベンチに座っててよかったぜ……っ)



俺は、冷や汗をかきながらも、屋台のおっちゃんを(にら)み付ける。



「── うっせえな、おっちゃんっ

 家族水入(みずい)らずの食事を邪魔すんじゃねえよっ」



アンタ、暗殺幼女(コイツ)の素顔見てたら、始末されてたかもしれないんだぜ?

俺が、そういう危機感で心臓をバクバクさせながら、怒鳴りつける。


おっちゃんは、ようやく 『(設定上)素顔を見られたくない姉』 という説明を思い出したらしい。

慌てて顔を背け、屋台へ戻っていく。



「だ、だってな、ボウズ……っ

 自分の料理をそんな風に言われて、黙ってられる料理人がいるかよ……!」



俺のさっきの発言が、料理人としてのプライドを傷つけたらしい。



(── ああぁ……もうっ

 これだから 『職人』 は面倒なんだよなぁ……)



前世の、工場勤めの記憶がよみがえる。

頑固な職人がヘソを曲げると、ご機嫌取りに奔走(ほんそう)させられたものだ。


こういう時は、こっちから折れるしかないのだ。

意地を張り合っても、結局こっちが負けるのだから。



「わかったわかった。

 悪かったって!

 おっちゃんの料理は美味いっ

 ちょっと薄味だけど、中年の健康に気を遣った味だよ、いよっ料理の鉄人 ──

 ── ん、どうかした……?」



俺がベンチにかけ直すと、暗殺幼女は少し肩をふるわせている。

やべえ、もしかして屋台のおっちゃん、始末する事が決定しちゃった?



「── い、いえっ

 な、なんでも……フフっ……ないですっ」



暗殺幼女は、思いがけず楽しげな声。

おっちゃんの命は、どうも大丈夫そうだ。


それから、黙々と食事タイム。


暗殺幼女は、俺より少し早く食べ終わる。

手持ち無沙汰(ぶさた)だったのか、しばらく俺が食べる姿をじっと見ていた。


ちょっと気まずいので、止めて欲しかったけど。





▲ ▽ ▲ ▽



二人で食器を返しに行くと、屋台のおっちゃんが申し訳なさそうな顔をしていた。



「あ、お嬢ちゃんすまねえな。

 気が()かねえのが、おいらの悪いとこでよ。

 ウチの女房(かかあ)にもよく怒鳴られるんだよ。

 またボウズと一緒に来てくれよ、今度はお詫びに、おまけすっからさ」


「ええ、そうですね。

 機会があれば、また」



覆面をかぶった暗殺幼女は、弾んだ声で答える。


少し屋台から離れてから、俺は()いてみる。



「……え、マジ?

 通いたいくらい気に入った、あの麦粥(むぎがゆ)?」



好みが合うな、とちょっと嬉しくなったのだが。



「いいえ。

 さっきのは、社交辞令ですよ

 二度と来る事はないでしょう」



冷え冷えとした声が返ってくる。



「…………えっと。

 そんなに口にあわなかった?」


「あ……いえ、そういう意味ではありません。

 ごちそうさまでした、美味しかったですよ。

 満足しました」


「なら、なんで……?」


「貴男も解らない人ですね……

 さっきも何度も言ったでしょう?

 二度とあの屋台へ訪れる事はありませんし、貴男にも、二度と会いません。

 ── つまり、そういう事です」



突き放すように言われて、バカな俺でも理解した。


これ以上は踏み込むな、という意味だと。

今日の会食は、気まぐれが生んだ偶然で、二度とないと。


彼女は自分を嫌っているのではなく、むしろ好意で、そういう事を言っているのだと。



「……そっか」


「そうです。

 間違っても、今後『わたしみたいな者』に関わらないでください。

 そういう 『真っ当な人生』 を歩んで下さい。

 きっと、そっちの方が幸せですよ」


「じゃあ、俺は負けっぱなしか……」


「ええ。

 せいぜい悔しがってくださいっ

 それではお別れです」


「ああ、またな」


「『また』 はありません、金輪際(こんりんざい)ですよ。

 さようなら」



暗殺幼女は少し目を細める。

そしてすぐに俺に背を向け、薄暗い裏道へ駆けだした。


黒づくめの姿は、すぐに闇に(まぎ)れて見えなくなった。

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