033話ヨシ! 初夏の夜(3)、カツ丼まだですか?
もうすぐ夏目前でも夜更けは、まだ少し肌寒い。
だから、俺の下半身もちょっとスースーする。
そんな夜気に、どこか呆れた女の子の声が響く。
「── それが事の顛末ですか?」
「はい、そのとおりです。
この通り、被告も未成年で重々反省しておるしだいです、お代官様っ」
俺は、レンガ敷きの民家屋上に正座して、コクコクと何度も肯く。
「誰が 『主席補佐官さま』 ですか……?」
洗いざらい自白した俺の前で、黒ずくめの幼女が肩をすくめた。
彼女は、疑わしいという目つきで、腕組みする。
「── つまり、話をまとめると、こういう事ですか……?
貴男は、ご兄弟のピンチと思って、一も二もなく飛び出した。
途中で、武器になる物を何も持ってない事に気づき、この銛を特帯の武装から無断で拝借。
空中にいる魔物へと投擲して攻撃。
そして攫われた子供を助けた…… ── と?」
「そうです。
どうか寛大な判決をっ」
暗殺幼女の責めるような口ぶりに、俺はもう一度深々と頭を下げた。
そして、上目遣いで恐る恐ると、彼女の言葉を訂正する。
「……あ、あと、『投擲攻撃』 じゃなくて 『直接攻撃』 。
その大きな銛は、投げつけたりしてないから……」
「── はいぃ……?
えっと……魔物は、『飛猿魔』 だったんですよね?
アレ、普通、空中に飛んでいますよね?
それを一体どうやって!?」
「近くの大きな木に、スルスルっと登って」
「こんな鉄製の銛を持って?」
「うん」
「まさか、その木の上から空中へ?」
「うん」
「貴男……やっぱりバカですか?」
「うn ── いや、違うよ!
思いついた事をすぐに実行しちゃうだけ!」
あぶねー。
うっかり肯く所だった。
俺は、ちょっと他人より、自分に素直なだけなんだよ。
巨乳好きで、思った事を隠せないだけなんです。
前世でやった乳房占いにも、そういう分析が出てた。
「……なるほど。
理解は……しがたいですけど……理解、しました」
暗殺幼女は、何だか呻くような声だった。
さらに、ため息を挟んで、言葉を続ける。
「……それはそうでしょう。
『魔物同士の小競り合い』 に勘違いされる訳です……」
「小競り合い?」
「いえ、こっちの話です。
── ちなみに、貴男が兄君と間違えて助けた人物の特徴は覚えてますか?」
「あー。
確か、ウチの周りじゃ滅多に見ないくらい白い肌だったかな。
あと、オレンジ色の髪で、そばかすがあったかな……
── でもさあ、いくら10歳そこそこでも、輝士見習いがあんなに泣くもんじゃないよね?
魔物に襲われても、殴り返すくらいの気合いが欲しいよね、男の子なんだし」
「…………ふぅ、本当に、間違いないみたいですね……」
暗殺幼女は、どういう訳か、急に疲れた表情になった。
しかも、腕組みして、何か困ったようにブツブツ言い出す。
「……コレ、どうやって報告したら良いんでしょか……?
……そのまま顛末を書いても、まともに取り合ってもらえない気がするんですが……」
俺は、その様子に不穏な物を感じて、すかさず温情を訴える。
「おまわりさん、堪忍してつかーさい」
「誰が 『警邏隊員さん』 ですか……?
というか、さっきからなんですか、その三文芝居じみた態度は……」
彼女は、こちらに冷ややかな目を向ける。
まるで、お肉にされる事が決まった家畜に対するくらいに、冷たい目線だ。
俺は、意を決して、彼女に尋ねる事にした。
「あ、あのね……」
「── うん? 何ですか?」
「……やっぱり、おチンチン切断される?」
俺はさっきから、『相棒』 とお別れの時が近づいているのかと、ビクビクしているのだ。
「………………はぁ……。
何をどうしたら、そういう結論になるんですか……?」
「だって、オーラが使えるの黙ってたから、厳罰が……」
「……別に、そんなの有りませんよ。
どちらかというと、未成年の飲酒と同じで、子供の健康に悪いだけです」
「じゃあ……その銛を勝手に借りたのは?」
「まあ、確かに高価な備品ですし、紛失したら問題になります。
ただ、人命がかかった非常時だったとすれば、そのくらいの事をとやかくいう、石頭な輩もいないでしょう。
今回の一件が闇の一族に回ってきたのも、不可解な事件で、間者侵入の可能性が疑われたからです。
── そして、無事、その疑いも晴れました」
「おチンチン切断しない?」
「しません」
「本当……?」
「本当です」
「本当に本当……?」
「あぁ……もう、なんですか!
さっきまでの強気はどこにいったんですかっ」
「じゃあ……。
パンツとズボン、はいていいですか?」
「…………いいですよ。
というか、今回は貴男が勝手に脱いだだけですよね?
また 『わたしが脱衣を強要した』 みたいに認識されていませんか?
納得いかないんですけど……」
暗殺幼女は、不満そうにブツブツ言う。
(── チラチラ見てたくせに……っ)
そうは思えど、今の状況で口に出すほど、俺もバカでもなかった。
▲ ▽ ▲ ▽
後顧の憂いを断った俺は、ノビノビと背伸びする。
「── よっし!
空中移動の練習を再開するか!」
「待ちなさい。
貴男、まだ街中を飛び回るつもりですか?」
「え、ダメなの……?」
「『すばしっこい小型の魔物が入り込んでいる』 と街中ではちょっとした騒ぎになっています。
わたしも、この銛の紛失事件に関係あるかと思って、調べていましたから」
「小型の魔物、って……。
それはさすがに、失礼じゃない?」
「失礼も何もないでしょう。
建物の間を飛び交うとか、普通の人間には不可能な動きですから」
「ああ、なるほどねっ
── 『普通の人間には不可能』 かぁっ!
まあ確かにぃ~、『神業ぁ?』 ってヤツだったかなぁ~」
俺が得意面していると、暗殺幼女は軽く鼻で笑ってくる。
「まあ、わたしの技には劣りますけどね。
所詮は、子供の 『お遊び』 ですから」
── 子供の 『お遊び』 だと!?
ひとがさんざん苦労して作った技術を!
言いやがったな、この女!
「へ~~、そんなにスゲーんだ?
へ~、へ~、へ~!
それは是非、見せてほしいなぁ?」
「しかし、門外不出の 『闇の技』 です。
そう簡単に見せる訳にはいきません」
「へ~、そういう言い訳で逃げちゃんだ?」
「言い訳ではありませんっ」
「いやいや、解るよ、解る!
さっきのアレ、見ちゃったらね?
今日の俺、特に調子がよかったし。
まあ、そういう言い訳しちゃってもね?」
「だから、言い訳ではないと、言っているでしょっ」
「うんうん、スゴいなー、『闇の技』 って!
きっとスゴいんだろうなーっ!
そんなのが、本当にあるならねぇっ!?」
「……どういう、意味ですか?」
「いやいや、別に責めてるじゃないんだよ?
── 『無い物は見せられない』 からね、仕方ないよね?」
「…………」
「そうそう、俺のこの 『神業』 的な技術とか教えてあげよっか?
まあ、君いわく 『子供のお遊び』 なんで、いまさら隠すもんでもないしね?
でもまあ、他人に見せられない 『有るか無いかわかんない技』 よりは、俺の技術の方がずっと価値があるんじゃないかなぁ?」
「── わかりました。
数百年の蓄積を経て磨き上げられた 『闇の技』!
刮目して見なさいっ
貴男がいかに 『子供のお遊び』 で天狗になっていたか、思い知らせて差し上げます!」
「あらあら、やっちゃう?
勝負しちゃうんだ?
あとで泣いてもしらないよぉ?」
── コイツっ 絶対泣かしちゃる!
そう俺は、心に決めた。
「貴男こそ。
生来のオーラ能力者で、敗北を知らないのでしょう?
今のうちに挫折の一つでも味わった方が、後々の人生の糧となるでしょう」
暗殺幼女が、生意気にもそんな上から目線をくれてくる。
(何言ってんだテメエっ
俺の人生っ ── 特に前世なんてなぁっ、挫折の連続だぞぉ!)
── そんな訳で。
俺は暗殺幼女と、夜の街で勝負することとなった。
(後書き)
良い子のみんなぁ、いっしょに応援してね!
せ~の!
── 『おーらそるじゃーさん、がんばえ~~!』