020話ヨシ! 初戦(3)、これがアンちゃんの分、こっちがアンちゃんの分、そしてこれがアンちゃん分だあ!!
(俺が、お兄ちゃんを助ける……!)
そう腹をくくった俺は、まず城壁の壁にへばりついて、下りる。
これは、半熟オーラの伸び縮みを利用したら、楽勝だった。
バンジージャンプの要領で、一気に下降する。
次に、蒸気機関の乗り物『特帯』への接近。
これも簡単だ。
改良して最適化したオーラ身体強化なら、自転車並のスピードが30分も維持できるんだ。
俺は、出前のバイク便と競争出来そうなスピードで駆け抜ける。
風が耳の周りでゴウゴウとうなり、葉っぱや砂埃がすごい勢いで、後ろに飛んでいく。
動き始めたばかりの蒸気機関の後方が、すぐに近づいてきた。
多分、1分くらいで1kmくらいの距離を走破した。
100m6秒、時速60kmくらいのスピードだ。
前世の世界なら余裕で、陸上の世界新記録だろう。
ウ●イン・ボルトでも余裕でぶち抜ける、超人になってしまった。
重力の支配する世界では、重い物ほど初動が遅い。
蒸気機関車もどきは、3台も客車・貨物車両を引っ張っているせいか、まだまだ本調子のスピードではないらしい。
乗り物の係員らしい大人達が、スピードを上げて魔物を振り切ろうとしているのか、慌ただしく操作している。
「うわっ」
「いやっ」
「たすけてっ」
とか、子供の悲鳴が、キイッキイッキキキッという魔物の泣き声の合間に聞こえる。
見上げると、空中の一点を基準に、黒いピラミッドが出来ている。
この翼の生えた魔物達は、血に飢えたピラニアの群みたいに、集団で獲物を襲うのだろう。
(早く助けないとっ
兄ちゃんが魔物にシャブリ尽くされて、骨だけにされちゃう!)
そんなの美人なママが泣くし、明るいパパも落ち込むし、まだ赤ちゃんな弟とか兄ちゃんの顔すら覚えてない事になるし。
きっと家族が暗くなる。
俺の大好きな、明るく楽しい家庭が、曇ってしまう。
それに、俺だって、まだまだ兄ちゃんに色々教えてもらう予定なのだ。
だから、俺は今まで自分に禁じていた、封印されし能力を解放する!
「これが、必ず殺す技と書く、必殺技!
犯罪者っぽい人をブチのめした、投石攻撃だ!
── いっけぇぇぇ!!」
オーラで強化した腕で、自分の握り拳より大きな石を持ち上げ、思いっ切りぶん投げる。
中々の速度が出たのか、ドウンッ、と空気がうねる、すごい音がした。
だがそのせいで、魔物達はすぐに危険を察知して、回避行動を取る。
魔物の黒い群が、モーゼの奇跡なみに、真っ二つに分かれる。
それくらい見事に回避された。
だが、11歳男児を捕らえた魔物だけは回避しきれず、投石が翼に当たる。
おかげで、ちょっと高度が落ちた。
具体的に言うと、そう、街道脇の針葉樹と同じくらいの高さに、高度が下がった。
「── なぜ加圧投擲砲を使わんっ」
「ムリです、子供にあたりますっ
大型魔物の装甲に穴を空ける武装です、かすりでもしたらタダじゃすみません」
「ええいっ
肝心の時に役にたたんっ
これだから、カガクというヤツはっ!」
そんな大声の応酬に注意を引かれると、ちょうど良い物が目に入った。
『特帯』とかいうアクマ合体SL戦車の牽引3両目の、輸送車両の上だ。
大声で揉めてる大人達の横に、なんか武器らしい物がたくさんある。
特に俺的に手頃だったのが、鉄製のでっかい銛だ。
長さは1m20cmくらいだろうか、6歳児の俺の背よりちょっと長いくらい。
機銃っぽい射出装置の横に、山積みになっている。
(おっ、俺が使うのにバッチリな長さっ
おじさん達、ちょっとコレ借りますね!)
装備(鉄製の銛)、ヨシ!
足場(街路脇の木)、ヨシ!
周囲確認(危険予測)、ヨシ!
では、突撃します!
『今日もご安全に』!
俺は、指さし確認(危険作業ではとても大事!)を終えると、左手で槍を持ち、右手一本で猿顔負けの速さで針葉樹を登っていく。
樹木の頂上に登った俺が見たのは、鳥みたいな足で少年を掴み何度も噛み付く、翼付き猿みたいな魔物だった。
捕まれた少年は、両手で頭部を何とか庇っているが、手足は噛み跡だらけ。
養成校の青い制服は血まみれのボロボロ。
まさに食い殺される寸前という、無残な有様だった。
「── てめえ、こらぁっ
ウチのお兄ちゃんになにしてくれてんだっ!」
地上20メートル近いとか。
高くて怖いとか。
敵が飛んで空中にいるとか。
全部、頭から吹っ飛んで、怒りのまま飛びかかってしまった。
(── マズい!? 思ったより遠い!?)
気づいたのは、飛びかかった後。
空中での事。
俺のジャンプ力では、絶対的に距離が足りてなかった。
手を限界まで伸ばしても、あと2mは足りない ──
(── ん? 『2m』?
あったわ、そう言えば、2m腕を伸ばす手段が)
解除してなくて良かった、オーラ装甲。
半熟で固形化したゴム状態の輝甲の腕を振りかぶる。
「うりゃああっ!」
気合いの発声の効果もあったのか、ムチのように伸びたオーラ腕装甲は、魔物の首に絡みつく。
そして、ゴムのような伸縮特性が、俺と魔物を引き寄せた。
「こんにちわ!
そして、地獄へ行ってらっしゃい!」
怒りに満ちたクソ笑顔のまま、魔物の猿みたいなド頭に鉄製の巨大銛をブチ込んでやる。
── ぐぎゃぁっ、と魔物の悲鳴。
ざま-、クソざまー。
人間様をナメた罰だ、ケッケッケ、と笑いがもれる。
「ひ、ひぃいいっ 新手の化け物だっ」
と、兄の悲鳴。
お兄様、それはヒドくない?
こっちは必死に助けに来た健気な弟くんですよ?
ワンコ撫でるみたいに可愛い可愛いしてくれてもいいんだよ!?
そんな不満を押し殺し、針葉樹の枝をめがけて、ゴム状態の輝甲の腕を振りかぶる。
一発成功して、ターザン風に移動だ。
あとは枝のしなりと、ゴム状態の伸縮特製で、勢いを殺して針葉樹の幹にしがみつく。
兄を小脇に抱え、魔物の死骸をポイして、するすると地上まで降りる。
オーラ身体強化のなせる業だ。
体重は倍ありそうな、11歳児を小脇に抱えても、へっちゃらである。
(うん、なんというか、俺スゴくない?
これはもう、俺TUEEE!しちゃっていい強さじゃない?
そんな我が家のスーパーヒーローなアット君を、新手の化け物とか言っちゃう、シェッタ兄ちゃんとか、マジひどくない?
エス●ワールとかいう愛と希望の船の中だった、焼き土下座案件だぜ、マジで?)
── とか、俺は憤りを鼻から漏らしながら、兄ににじり寄る。
「な、なんだよぉ……
ぼ、ボクなんて食べても美味しくないんだから……やめてよぉ」
妙に甲高い声。
体育系というより、理系っぽい外見。
そして、オレンジ髪と白い肌にそばかす。
うちのエセフドラ家は、家族全員が黒髪と褐色肌だ。
── つまり。
(完全に人違いでした、たはぁ~☆)
もう、アット君のドジッ子さん!
…………何、ひとり先走って、盛り上がってたんでしょうね、俺って……
(更新予告)
では、また明日6時に。