夜は異世界、共は猫。
しばらく放置していたら、前作でブックマークを頂いていたようで、嬉しくなってパパッと書いて投稿。
人っこ一人いない夜の街を歩くって、なんだかドキドキするよね。何も起きやしないのに、非日常が起きる前触れのような気がして、何かを期待してしまう。
夜は異世界、共は猫。
東京のあるところ、なんてことのない凡庸な街。
引っ越す前の田舎町の、一番栄えているはずの駅前にすら及ばない。
建物の高さとか、人の多さとか、コインパーキングの数とか。
父の東京本社の栄転が決まって、引っ越してきては良いものの。
何をどうすれば良いのかは分からないまま。
新しくできた友達がハマっているソシャゲとかゲームとか、アニメ化したマンガに話題のドラマ。いまいちそれが自分にはまらない。
はまらないから、それを追いかける熱意もなく面白さも理解できず、誘われてはやり始めるけど、一度何かが外れると、外れた何かを取り戻すのは馬鹿らしくなって止めてしまう。
高校二年になって、受験とか意識しなきゃいけないのかもしれないけど、別に将来に興味があるわけでもないし、なりたい何かがあるわけでもない。
だから勉強だって、困らないくらいに適当に済ませて、残った時間で何するかとベッドに転がっているうちに、時間は過ぎていった。
スマホのアラームで目が覚めた。
デフォルトで入っているお馴染みの音が鳴り続けて、脳に血が届くような感じがする。
鈍い頭を抱えると、空いた窓から湿った風が流れ込んできた。雨の匂いだ。外を見ると、アスファルトが濡れていて、電線から雫が垂れている。
時刻は24時を回る。真夜中だ。
人通りはなく、時折車のヘッドライトが地面を照らす。
いつものように、上着を羽織って外へ出る。
道路の片側に等間隔に並んだ街灯、誰もいないのに忙しなく変わる信号。
遊具のない小さな公園と、明日のゴミの日を前に気の早い人が出した道端のゴミ袋と青いネット。
人っこ一人いない。
セミとカエルの大合唱がなくとも、土地を余らせていなくとも、日を跨げば人はいなくなる。
そこは都会も田舎も変わらなかった。
まるで異世界に迷い込んだみたいだ。
世界を切り取ったような、自分だけの時間、のような気がする。
道の真ん中に立って、鼻歌をかましながら、雨の匂いを吸い込む。
終電近くで帰宅途中のサラリーマンに気づかず、ジロジロと見られるのは許容範囲。
たまにはクルリと回って、後方確認。車は来ていない。
ワンマンであろうコンビニで、缶詰を買うと、少し離れた公園へ向かった。
缶詰を開けて地面に置けば、しばらくして馴染みの黒猫がやってきた。
「よう」
意味もなくただ声をかければ、相手もニャーと返す。きっとニャーにもいろんな意味が込められるけど、このニャーに意味は特に無いだろう。
黒猫はぺろっと缶詰を平らげると、毛づくろいをし始めた。空いた缶詰を1枚3円もするビニール袋にしまう。
「行くか」
これに意味があるようで無い。
黒猫はニャーと鳴いた。これはきっと肯定の意味だと、勝手に思っている。
歩き始めると、黒猫は後をついてくる。歩くルートは決まっていない。
黒猫は外壁の縁を歩いたり、器用にガードレールの上を歩いたり。急に走ったと思えば、立ち止まって、金色の瞳で見つめて同行人を急かしたり。
調子が良ければ肩口に乗ったり。
真っ黒な猫が街灯の影に入れば、闇に取り込まれたように見えなくなる。
そして金色の双眸がギロリと動くと、何だか普通じゃないような気がしてくるのだ。
黒猫を共に、真夜中を歩く。
深夜の街はそれだけで、静かで普通じゃなくなったような、そんな気がする。
見慣れた景色が、見慣れない何かに変わったような。きっと何も変わってなんかいない
けれど。
黒猫はニャーと鳴いた。
「おう、またな」
黒猫はどこかの影に紛れて消えた。
あの猫、実は尾が二つに別れていたりとか、魔術が使えたりとか、ティンカー・ベルのようにどこかへ連れていってくれる妖精の類とか、追いかけたら隠された世界の入り口を見つけたりとか。
そんな馬鹿な妄想をしながら、来た道を戻る。
捨てきれない理想と否定しきれない期待がほんの少し。
だけど冒険したい訳でも、今の生活を変えたい訳でも、新しい何かを始めたい訳でもない。
「いっそ、ほんとに知らない場所へ連れていってくれないかなぁ」
後ろから、ニャーと聞こえた。そんな気がした。
最近ハマりつつある夜散歩。
真夜中散歩連は、反射もしくは発光アイテムの所持と危険行為をしない散歩を推奨しています。