6.窮地
「申し訳ないですが、貴女方をこの先へ行かせるわけにはいきません。どうか、ここまでで引き返して下さい」
ミリアムの向こうには多くの人間が立っている。
その半数以上は能力者だろう。
「なるほど。実際に見せねば分からないようだ」
今回エトランジェに迫ってきている能力者たちのリーダー的存在であるセシリアは、右腕を真横に伸ばす。そして、手のひらを地面へ向けて、目力を瞬間的に強めた。すると、地面が一気に凍り付く。横に向けて線を描いたかのように、大地が凍った。
「抵抗するのであれば、こういう力を使うことになるが」
ラピスのような瞳でミリアムを見て、セシリアは口の端を歪める。
「何も抵抗しないのであれば、力は使わずに済む」
セシリアは己の能力を前面に押し出し、それを積極的に脅迫に使っている。極力能力を使用しないようにしているミリアムとは、根本的なところから違っているのだ。そんな二人の意見が一致するなんて、あり得ないこと。
「……いいえ、それでもここを通すことはできません。前例がありますから」
「前例、だと?」
「私の知り合いの非能力者の中には、酔っ払った能力者に妻子を奪われた人だっています。貴女たちをこの街に入れたら、またそのような悲劇が起こる。ですから、調査は拒否させていただきます」
ミリアムは怯みも迷いもしなかった。ただ己の意思をはっきりと述べただけだ。しかし、そのことが水色の髪のセシリアを苛立たせてしまった。彼女は目じりをつり上げて叫ぶ。
「従わないというのだな! ではやむを得ない!」
能力者の先頭に立つセシリアが腕を掲げると、真上に氷塊が出現。それも一つではない。いくつもだ。彼女はそれらを一斉に街に向けて放つ。
氷塊が街を貫く。
外に近い地域に住んでいる人たちも避難はある程度済んでいると知っていても、ミリアムはこらえきれない。
「なぜ力で思い通りにしようとするの!」
この時はミリアムも丁寧語を喋ることを忘れてしまっていた。
「弱者が強者に逆らう——それほど愚かなことはない」
「ふざけないで! 強者が弱者を虐げて良い理由だってないわ!」
数秒間を空けて、ミリアムは「……ロゼット、貴方だってそう言ってくれるわよね?」と問いを付け加える。近くにいるにもかかわらず一切話に参加しないロゼットを奇妙に思い、話を振ったのだ。だがロゼットは何も返さない。それを不思議に思ったミリアムがロゼットの顔を見ようとした——刹那。
「あ……!」
ミリアムの背に氷の矢が突き刺さった。
すべての過ちは、セシリアから目を離したこと。
「や、やってくれたわね……!」
「甘いな。お前は弱者と慣れ合い過ぎたのだろう」
嘲笑うような目を向けられ、ミリアムは急激に苛立ってくる。
「さすがに怒るわよ!?」
むやみやたらに力を使わない。なるべく言葉での解決を試みる。そう考えて行動するようにしてきたミリアムだが、街を壊され攻撃もされては黙ってはいられない。
「ロゼット、これはもう叩き潰すわよ!」
その時のミリアムは怒りのあまり忘れていた。ここへ来る前ロゼットに対して抱いていた不信感を。彼は彼女の近くにいたから、いつの間にか、味方であるかのように錯覚してしまっていた。
だが、それはまやかし。
セシリアがそれを突きつけた。
「無駄だ。その男はお前にはつかん」
「何ですって……?」
「その男は我らの側の人間だ。得た情報はいつも我らに渡してくれたよ。ま、上出来な方だろうな。水にしては」
ミリアムは真実を告げられて思い出す。ロゼットに不信感を抱いていたことと、先日彼が会っていた女性は水色の髪だったことを。
「やっぱり……ロゼットは、そうだったのね……」
氷の矢が刺さった背中はじんじんと痛む。大事に育てられてきたミリアムにとっては、こんな傷を負うことは未経験のこと。だからだろうか、妙な痛み方をする。
だが、背中の痛みは耐えられた。
本当に痛かったのは、心。
ロゼットには期待していた。色々あって不信感を抱いても、信じられないと思っても——それでも、どこかで都合良く解釈していた。
それが完全に壊されたこと。
今のミリアムにとっては一番辛いことは、それなのだ。
「憐れな。銀の国で暮らせば苦しまずに済んだものを。箱入り娘が英雄面するからそうなる」
セシリアは嘲笑を止め、憐れみの目を向けていた。
道を間違え間もなく死ぬこととなるであろう娘を、他人事ながら気の毒に思っているような目。
その時、ミリアムは気づいていた。自分に向かって飛んでくるであろう氷塊が宙に生まれつつあることに。あれがぶつかれば死ぬ。ミリアムはそれを既に理解している。
それでも、逃げ出そうとはしない。
いや、正しくは、逃げる気力がなかっただけかもしれない。
「せめて……楽にしてやろうではないか」
冷気が辺りを満たす。
氷塊は迫ってくる——目標はミリアム。
ミリアムは呆然と氷塊を見つめている。力を使う、そこにまで思考が及んでいない。彼女が力を使えば、氷塊を砕くことも不可能ではないだろう。だが、ロゼットのことも込みで精神的にダメージを食らっていた彼女の脳には、その選択肢は浮かばなかったらしい。
彼女の瞳は潤んでいた。
今や彼女はただの若い女性でしかない。否、ずっとそうだったのだろう。ミリアムは特別な存在ではない。他人より少しだけ弱者を思いやる気持ちを持っていただけで。
どんなに尊敬されようと。
皆から神格化されてもなお。
ミリアム・ルブールはただの一人の人間に過ぎなかった。




