46.強く
その日もまた戦闘が始まった。
ミリアムは前線に立ち、銀の国側の人間たちを退ける。
その最中、ロゼットが「負傷していたが命に別状はない」という状態であることを知る。報告係として前線と後方とを行き来している者から聞かされたのである。
それによって、ミリアムの心には一つの強い決意が生まれた。
絶対に勝つ。
そして彼を迎えに行く。
——それが彼女の心に芽生えた決意である。
以降、ミリアムは圧倒的な強さを見せた。ロゼットが倒れたため、雨は降らない。けれども、その穴を埋めるだけの力がミリアムにはあった。彼女の電撃を使っての戦闘は、次から次へと敵を退けてゆく。
その様には、非能力者たちも驚いていた。
ミリアムと数年にわたり付き合ってきた者たちでさえ、ミリアムにこれほどの力が備わっているとは考えていなかったようだ。
ただ、その戦闘能力に驚いているのは、ミリアム以外の人間だけではなかった。ミリアムもまた、その手から迸る力に驚きと戸惑いを感じていたのだ。
己の身に電気を操る特殊な力があることは知っていた。けれども、ミリアム自身、ここまで使える力だとは思っていなかった。それゆえ、今、その力を目にして——言葉にできない感情を抱いている。
◆
「お疲れ様です、ミリアムさんっ」
その声を聞いて、前線寄りの位置に立っていたミリアムは正気を取り戻す。
「……サラダ」
ミリアムは呟いて、サラダの丸い瞳をじっと見つめる。
そうすることで『自分』を少しは取り戻せそうな気がしたからだ。
「圧倒的でしたね!」
「そう……だったのかしら。よく覚えていないわ」
サラダに褒められても、ミリアムはいまいち実感が湧かなかった。自身が行ってきた戦いの内容を、はっきりと思い出せなかったのである。漠然とは思い出せるのだが、細かいところまでは記憶がない。
「はい! 飲み物ですっ」
笑顔でペットボトルを差し出すのはサラダ。
「ありがとう。……でも喉は渇いていないわ」
ミリアムの心は戸惑いに満たされていた。また、戦うことを止めるまでは感じなかった奇妙な感覚が、どことなく恐ろしくもある。脳から指先まで見えない何かに乗っ取られてしまいそうな感覚は、いまだに消えない。
「喉が渇いた時には水分不足になってるって話ですよっ」
「そ、そうよね。いただいておくわ」
ペットボトルのざらついた蓋の側面に指が触れる。そのまま手にひねりをかけ、パキと音がするのを待つ。それから数秒、乾いた音が鳴った。新品のペットボトルを開ける時だけに鳴る音だ。
取れた蓋は左手の指で持つ。
ペットボトル本体は右手で握る。
ミリアムはペットボトルの口を唇に当てた。それから、ボトルを傾ける。すると、ボトルの中の透明な液体が口腔内へと流れ込んでくる。水は滑らかな舌触りだった。
「意外と美味しかったわ」
ほんの数秒だけ口をつけ、ミリアムはペットボトルをサラダに返却した。
「一口だけで良かったのですか?」
「えぇ。十分よ」
ミリアムは、これ以上飲もうとは思えなかった。
「ところでサラダ、ロゼットの情報は入った?」
ミリアムはどこでもないところを見つめつつそんなことを尋ねる。
「あっ、はい。少しだけ。一応落命してはいないみたいですよ」
「そう……それは良かった」
ロゼットが命を落としてはいないと知り、ミリアムは少しだけ安堵する。生きているなら良かった、と。そして、改めて強く思う。生きていてくれればそれでいい、そんな風に。
雨はもう降らない。
地上に残る水の匂いも、時の経過と共に段々薄れてきた。
吹き抜ける風は乾燥している。肌を舐めるように、髪を揺らすように、それは宙を駆け抜けてゆく。
「刺客自身に窓を突き破らせてビルから落とすことによって勝ったみたいですよ」
さらりと説明するサラダ。
しかしその内容は決してさらりと納得できるようなものではなかった。
ロゼットは襲われながらも助かったのだ、刺客が倒れたのだろうと想像はつく。しかし、『刺客が自身でガラスを突き破って』というところは、まったくもって理解できない。まさに意味不明というやつである。また、『ビルから落とす』というのも、普通に聞くだけでは受け入れられないことだ。
「え。な、何それ」
ミリアムの顔面に滲むのは戸惑いの濃い色。
「本人がそんな風に話したみたいですよ!」
サラダは妙にご機嫌だ。明るい表情で話し、上半身を時折左右に旋回させている。体を回すと、それによって起こった風によって黒に近い色の髪が揺れる。その様は可憐そのものだ。
「ロゼットが?」
「はい! そうらしいです!」
「へ、へぇ……。というより、サラダは詳しいのね」
「少しですけど、連絡を受けていますっ」
今のミリアムにとって、サラダがくれる情報は非常にありがたいものだった。ロゼットに会いたくて、けれども戦いがあるから会いに行けない。そんな状況下だからこそ、彼のことを知ることができたのは大きい。
「それと、多少毒を摂取してしまっているみたいですね」
「毒!?」
サラダの口から出た言葉が想定外で、ミリアムは思わず目を大きく開いてしまった。
もっとも、大きく開いてしまったのは目だけではないが。
「そんな重大なことを後から言うのね!?」
その時ミリアムは心なしか冷静さを欠いてしまっていた。それゆえ、相手の気持ちを考えることなく鋭い物言いをしてしまったのだった。
彼女自身、言ってからその過ちに気づく。
そして思う。今さら何を言ってももう遅いかもしれない、と。
「す、すみません! でも、いきなり言ってしまったら、慌てさせてしまうかと思って……」
サラダは慌てて謝る。
落ち着きを欠いてはいるが、どうやら、ミリアムに抵抗する気はないらしい。
「分かっているわ。そうよね、ごめんなさい。いきなり強く言ったりして」
「いえっ! わたしが悪かったんです! 大事なことを後回しにしてしまっていたから……」




