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33.購入完了

 数時間かけてエトランジェ内のいくつもの店を巡り、メモに書かれている物をすべて購入。

 ミリアムはパンのところへと戻る。


 施設へ戻るべく歩きながらふと空を見上げ、空模様が微かに変わっていることに気づく。白い小さな雲がいくつか浮かんでいる図柄だった空が、今は大きめの塊が一つ浮かんだような図柄に変わっている。変化は小さい。が、細やかながら面白い変化である。


 特別なものに出会えたような気がして、ミリアムは少し幸せな気分になる。


 贈り物を貰ったわけでも、お金を貰ったわけでもない。褒められたというわけでもない。それでも確かに幸せを感じている。それは、小鳥のさえずりのような幸せ。


 こうも幸福感を覚えていると、自然と足取りが軽やかになる。

 街路樹についた葉の一枚でさえ、ありふれたものではないように感じられてくるから、不思議。



 ◆



「戻ったわ、パン」


 荷物は予想以上に重くなってしまったが、ミリアムはそれほど苦労なく帰ってくることができた。

 精神状態が良かったからだろう。


「おお! 買えたか!」

「えぇ。一応揃ったわ。もし間違いがあったら申し訳ないけれど……」

「助かった。多くて悪かったな」

「平気よ。このくらいならどうとでもなるわ」


 正直なことを言うなら、今回のおつかいは簡単なことではなかった。いろんなところを巡らねばならなかったから。ただ、『苦労』と言うに相応しいほどの疲れがなかったことは事実だ。


「ところであの男のことなんだが……」


 ミリアムから買い物袋を受け取り、その中身を確認しつつパンは口を開く。


「疑惑の?」


 唐突に話を振られたものだから、ミリアムは戸惑った顔をしてしまう。ただ、パンとは会話し慣れているので、戸惑いで言葉を紡げないとまではいかなかった。


「そうそう。あの男のことだぜ」


 パンは買い物袋から中の商品を取り出し始める。目で大雑把に確認することが完了したので、実際に数える確認を開始することとしたようだ。


「何か変化が?」

「吐いたらしいぜ、銀の国から来たってな」

「そうなの!?」


 ミリアムはらしくない大きな声を発してしまった。

 想定外な言葉を耳にしたからだ。


「銀の国から……そんなことを軽々と話すかしら……」


 パンが嘘をつく可能性を考えているわけではない。しかし、施設に侵入し他者の心を操るところまでやった男が、そう簡単に真実を打ち明けるとは思えなかったのだ。口を閉ざすくらい、彼からすれば容易いことだろうに。


「あぁ、心配はしなくていい。べつに何も乱暴なことはしてねぇ」


 パンがそう言ったのは、ミリアムが戸惑った顔をしていたからだろう。


「そうね。でも……彼がそんなことを吐くなんて、意外だわ」


 男が情報を打ち明けたことを喜んで良いのかどうか、ミリアムには分からなかった。

 良かったー、はいおしまい! で良いものか。


「想像できないってか?」

「えぇ。そういう感じ」

「ま、みーんな驚いたぜ。まさかこんなすぐに吐くなんて、とな」


 それはそうだろう。誰も驚かなかったとしたら、そのこと自体が驚きである。


「それで? もう解放するの?」

「いや、それはないな。銀の国との交渉材料として、しばらくここにいてもらう」

「……銀の国に何か動きが?」

「べつにたいしたことじゃないがな。取り敢えず、ロゼットをあの男の世話係にした」


 パンの口からさらりと出た言葉に、ミリアムは衝撃を受ける。


「トイレ掃除じゃなくて!?」

「あぁ。トイレ掃除は誰でもできるからな」

「そ、そう……。待って! ロゼットはまだ怪我してるんじゃ……」

「そうだな。だが動けないほどではなさそうだったぞ」


 その時ミリアムの胸に滲んだのは、ロゼットが男に何かされるのではないかという不安。

 ロゼットは女性ではない。その点では安全だろう。けれども、相手が精神を操る能力を持つ者だとしたら、ロゼットが危害を加えられない保証はどこにもない。外傷を負わされることはなくとも、精神に攻撃されるリスクがある。


「そう。なら良いのだけど……」


 ミリアムの心の内はまだ晴れない。

 不安やら何やらが、もやのように渦巻いていて。


「ちょっくら会いに行ってくるか?」

「え」

「ロゼットに、ってことさ。それなら案内してやるが」


 パンの口から出た提案はミリアムにとって想定外のこと。けれどもそれは、嫌な提案ではなかった。意外ではあるが、乗りたくない内容ではない。


「でも……迷惑じゃない?」

「大丈夫だとは思うが。そもそも、ロゼットがミリアムさんのことを迷惑とか言うと思うか」


 ミリアムとしては、非能力者と誰かと会わなくてはならないより、ロゼットと会う方が気が楽だ。彼は同じ力を持つ者だから、接するにしても変に気を遣わなくて済む。能力者だからと悪く思われるのではないかという心配も皆無に近い。


「……そうね。ロゼットは優しいもの、きっと言わないわ」

「だろ? じゃあ行くか」

「意外と名案かもしれないわね!」

「……おいおい。意外とって何だ、意外とって」


 その後、ミリアムはパンに案内してもらうことになった。

 目指す場所は、あの怪しい男が入れられている部屋。ロゼットがいるから、そこへ行くのだ。



 ◆



 急がず怠惰にならず、歩くこと数分。

 目的の場所へ到着することができた。


 精神支配能力を持つという疑いがかかっている男が入れられている部屋、その扉の前にロゼットはいた。


「おーいロゼット、ミリアムさんが来たぞー」


 パンが冗談交じりな言い方でそう述べると、ロゼットは驚いた顔をしてミリアムを見た。


「ミリアムさん……!」


 ロゼットの暗い色みの瞳に無垢な輝きが宿る。


「ごめんなさい。仕事中に来て迷惑だったかしら」

「いえ、そんなことはありません……!」


 妙に嬉しそうな顔をされ、ミリアムは戸惑いを隠せない。

 こんなにも喜ばれるとは思っていなかったのだ。


「そう? なら良かった。ロゼット、トイレ掃除は辞めたのね」

「役目を与えていただきましたので……いずれはまた戻ります。可能であれば、ですが」

「今だけということなのね」

「はい。そういうことです」

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