27.追う逃げる
「捕まえるっすか!?」
咄嗟にそう言い放ったのはスープ。
彼は既にサラダから離れている。
「捕まえてきましょっか!?」
スープに続けて言ったのはサラダ。
本来の人格を取り戻した彼女は、ミリアムに協力的に戻っている。
「私が追うわ! サラダはロゼットの拘束を解いて!」
「は、はいっ」
ミリアムはサラダに指示を出してから走り出す。
走るのは得意ではない。小さい頃から比較的優雅な暮らしをしてきた弊害と言えるだろうか。ただ、走るのが苦手だからといって走らずに生きていくわけにはいかないというのが人生だ。今は男を追いかけなくてはならない。そのためには駆けないわけにはいかない。
「待ちなさい!」
走りながら声を放つのは簡単なことではない。
慣れていればどうということはないのかもしれないが、慣れていないミリアムにとっては容易いことではなかった。
「ちっ……しつこいな」
「逃げるということはやましいことがあるのね! そうでないなら止まりなさい!」
「止まれと言われて止まるものか」
「……なら、やむを得ないわね」
ミリアムは右手の手のひらを追いかける対象の男へかざす。手のひらに集まるように、電撃がちらつく。その数秒後、線となった電撃が逃げている男に向かって飛んだ。
刹那、男が咄嗟に跳んだ。
一撃目は床に命中する。
外れたが、ミリアムはまだ諦めない。今度は発生した電気を動かし、先回りするような派手な動きで男を狙う。
「……ちっ!」
男の正面に回り込んでの攻撃。これには、男もさすがに足を止めずにはいられなかった。進行方向から攻められては止まらざるを得ない。
「逃がさないわよ。やましいことがないなら話せばいい、それだけでしょう」
ミリアムは静かに述べる。
男は不快そうに顔をしかめた。恐らくは、思い通りに進まないからこその表情なのだろう。
ちょうどその時、通路の向こうから歩いてくる人の姿が見えた。男性が二人ほど。そして、その片方はパンだった。
「おいおい。ミリアムさん、一体何の騒ぎなんだ?」
もう一人の男性はこれまであまり交流がなかった男性だ。ただ、怪しい男とは違って、見かけたことはある顔である。親しくないだけのこと。
「パン! その男を通さないでくれるかしら」
ミリアムは即座に言い放つ。
きょとんとした顔をするパン。
「んぁ? なんだなんだ?」
「その人は怪しいの。話を聞く必要があるわ」
「……怪しい?」
「そうよ。止まってもらわなくてはならないのよ」
ミリアムとしては、パンたちと男を挟めることになったことは幸運なことだった。
天がくれた贈り物、と捉えてもおかしくはない——ミリアムはそのくらいにまで思っている。
「通せっ!」
男は苛立ち鋭く言い放つ。
だが、ミリアムの発言があるため、パンは道を開けない。
「おいおい。何があったが知らんが、ミリアムさんを怒らせんなよー」
「邪魔をするなっ」
「落ち着けって。アンタは何をやらかしたんだ? 喧嘩売りでもしたのか?」
男に状況を聞こうとするパンに、ミリアムは「サラダを操った疑いがかかっているのよ」と告げる。
それを耳にしたパンはぎょっとした顔をした。
このような話になっていくことは、想像していなかったのかもしれない。
「さっきミリアムさんに電撃を流されたと訴えてきた人物がいたんだが、それもこの件と関係があるのか?」
パンと共に歩いていた男性はさりげなく男の行く手を阻んでいる。それを見逃さないミリアムではない。今は直接言葉にして伝えることはできないが、心の中では感謝の言葉を呟いていた。
「そうね。無関係ではないわ。彼には……後で謝るわ」
「あぁ、いや、気にすんなよ。どうせあっちが先に迷惑かけたんだろうしな」
ミリアムが想像していたより、パンは理解してくれていた。
彼は、能力を使ってしまったミリアムを一方的に責めるようなことはせず、ミリアムの言い分も受け入れようとしている。ミリアムにとって、それはとても嬉しいことだった。
ただ、申し訳なさもあったのだけれど。
「駄目。気にしないわけにはいかないわ。……ただ、それは後ね」
ミリアムは、たとえ意図的にではないとしても能力を行使してしまったことを、心の底から悔いている。相手が非能力者だったから、申し訳なさは余計に大きくなってしまっていた。だが今は、落ち込んでじっとしているわけにもいかない状況。大人しくしてはいられない。
「おうよ。じゃ、こいつを一旦捕らえるぜ」
「そうね。それが助かるわ。ただし、平和的に頼むわよ」
「相変わらずだなぁ、ミリアムさんは」
「暴力は……なるべく避けたいの。それだけよ」
敢えて強く言ったのは、能力を行使してしまったことに罪悪感を抱いていたから。
これまでミリアムは、能力者がその特殊な力を使って非能力者を虐げることを、よしとしてこなかった。むしろ、そんなことが起こる世の中を変えるために、積極的に行動してきた。
だからこそ、非能力者に対して力を使った罪悪感は巨大だ。
◆
その後、サラダの精神に干渉した疑いのある男は拘束された。
パンと彼に同行していた男性の手によって。
疑いの目を向けられた時、あそこまで必死になって逃げ出さなければ、もう少しは怪しまれずに済んだかもしれない。冷静に対応していたなら、ここまで騒ぎにはならなかったかもしれない。だが、男からすれば、話し合うより脱出する方が効率的に思えたのだろう。そうでなければ、露骨に逃げたりはしなかったはずだ。
逃げるにしても、やり方はもう少し工夫できたはず。
……それをしなかったのは、自身が既に脱出することしか考えられない精神状態になっていたからかもしれないが。
何にせよ、怪しい人物には話を聞いてみる必要があることは事実。
そういう意味では、成功だったと言えるかもしれない。
誰も死ななかった。
取り敢えず、それが一番良かったことだ。




