21.行方不明?
ミリアムは、つなぎを着たパッとしないスープと共に、サラダの捜索を始める。
まずは目撃情報を入手するところからだ。
歩いていると最初に出会ったのは、掃除係の女性。ミリアムは、彼女のことはあまり深く知らなかったが、一応声をかけてみることに。
「少し構わないかしら」
ミリアムが声をかけると、頭に三角巾を巻いた彼女は驚いた顔をする。
「は、はい? 何か用ですか?」
「どこかでサラダを見かけなかったかしら」
「……野菜、ですか?」
「違うの。サラダって名前の女の子のことよ」
掃除係の女性は、意味もなくブラシの棒を握る手に力を加えた。
「女の子……ですか。見かけていません」
その言葉を聞いて、ミリアムは「この人は知らないだろうな」と判断。一礼して「ありがとうございます」と告げると、ミリアムは何事もなかったかのように再び歩き出す。その後ろにいたスープは、少し戸惑ったような顔をしつつも、ミリアムに合わせて再度足を動かし始めた。
「知ってる人はいないんすかね……」
「分からないわ。でも、諦めるには早いんじゃないかしら」
ミリアムの歩き方は直前までより加速しつつある。
刹那、向こうから歩いてきていた人とぶつかる。
背後を歩いていたスープが咄嗟に支えたので、ミリアムは転倒せずに済んだ。幸運なことに、足首を痛めることさえなかった。
しかし、相手には多少被害があったようだ。
持っていた書類を床に落としてしまったらしい。
ミリアムが落ち着いてから改めて見ると、衝突した人物は女性だった。二十代半ばに見える、地味な容姿の人。髪も瞳も焦げ茶色で、かけている眼鏡も地味なデザインのものだ。
「ごめんなさい! ……拾うの、手伝うわ」
ミリアムはその場にしゃがみ込み、散乱してしまった紙を集めるため手を伸ばす。
「あ! い、いえ! 気にしないで下さい!」
女性は他者との交流があまり得意でないようで、話し相手はミリアムで同性であるにもかかわらずあたふたしていた。異性慣れしていない人が異性に話しかけられた時のような落ち着かなさを全身から溢れさせている。
「いえ。ぶつかったこちらに問題があったんだもの、集めるわ」
ミリアムが最初に拾った紙には、『精神支配能力者に関する記録』という文字列。そのタイトルに、ミリアムは惹きつけられる。紙面をついじっと見つめてしまっていた。
「あっ……あの、その紙……」
「え。あ、そうね。ごめんなさい、つい見てしまって」
ミリアムは能力者の子として生まれ、自身もまた能力者だった。けれども、能力者という存在に関するありとあらゆることを知っているわけではない。両親も、彼女自身も、能力の研究者ではないからだ。
しかし、だからこそ彼女は気になった。
精神支配能力者、という名称が。
能力者の中で暮らしていた頃もあったが、その時でさえ、そんな名称は聞いたことがなかった。
「一つ聞いても構わないかしら」
「は、はい……?」
女性は眼鏡のレンズ越しにミリアムを見る。怯えたような目つきで。
「この精神支配能力者うんぬんというのは、貴女の研究?」
「あ……い、いえ。そういうわけでは……なくて、ですね……」
「貴女のものではないということ?」
「は、はい。そうなんです。運ぶように頼まれて、運んでいました」
ミリアムが妙な方向に話を進めたため、散らばった紙の回収がなかなか進まない。スープはそれが気になったらしく、腰を屈め、自主的に紙を拾い始めた。
それにより、散乱した紙は速やかに集まった。
眼鏡の女性は「で、ではこれでっ……!」と言い、一度頭を下げて、すぐに駆けていってしまった。
「何か悪いことを聞いてしまったかしら……」
そそくさと逃げるように去っていった女性の背中を眺めながらミリアムは呟く。
精神支配能力者のことについて尋ねてしまったことが間違いだったのか、と、彼女は少し後悔しているようだった。
「本題を忘れてるっすよ! ミリアムさん!」
「もう。覚えているわよ、サラダ探しでしょう。覚えているから。今からまた聞いてみるわ」
「このままじゃ見つける前に明日が来るっす!」
「分かってるわよ! 早めに見つけられるよう努力するわ」
とはいえ、サラダがこんなに見つからないのも珍しい。というのも、ミリアムの行動範囲と彼女の行動範囲は大体重なっているのだ。それゆえ、大体毎日遭遇する。それが普通だ。いつもなら、わざわざ探すほどのこともない。
ミリアムはそんなことを考えながら、難しい顔をする。
「……心当たりのある場所を一周してみた方が早いかしら」
それから、ミリアムとスープはサラダがいそうなところを見て回った。パンの部屋や休憩室など、いくつかの場所を確認する。しかし、結局、サラダの姿を発見することはできなかった。
入れ違いという可能性もゼロではないが、ここまで入れ違いになることは稀。
現状で微かに可能性があるとしたら、サラダがここへ来ていないというパターンだろうか。
だが、それなら、パンが騒ぐなり何なりでもう少し騒ぎになってしまっているはず。サラダが来ないなんて珍しいことだから。
「とことん駄目ね。いないわね、サラダ」
「そうっすね……」
ミリアムもスープも段々諦めてきてしまっている。
「これ以上どうやって探せばいいのかしら」
「そうすね……」
二人が完全に諦めかけた、そんな時。
パンが一人の少年を連れてやって来た。
「ミリアムさん! サラダ探してるんだってな。この子が見かけたってよ!」
その言葉に、ミリアムは勢いよく面を持ち上げた。
「……本当に?」
ミリアムは信じられない思い出でパンを見つめる。
それに対し、パンは大きめに「ロゼットと歩いてるところを見たってよ!」と述べた。
「サラダとロゼットが二人で……?」
「この子が言ったんだ、この子に聞いてみたらどうだ?」
パンは傍らにいさせていた少年をそっと前へ押し出す。
「貴方が、サラダを見たの?」
「……うん。そだよ」




