12.正式加入
四人でいろんなことを話しつつお茶を楽しんだ後、ロゼットはパンに改めて退院したことを報告した。そして、病院へ搬送してくれたことや治療費を出してくれたことへの感謝も述べた。
その過程において、ミリアムの出番は特になし。
それから、パンはロゼットに感謝の気持ちを述べた。刺客から護ってくれたことへの感謝である。
互いが感謝し合えるという結末。
何よりも清いものだ。
人の世には憎しみばかりが蔓延りがち。互いに憎しみを抱き合うということも決して珍しいことではない。だが、今のパンとロゼットの状態は、それとは真逆のものである。そしてそれは、非常に良好な状態と言えるだろう。
そして、ロゼットの正式加入も決定する。
そんな二人を目で見て、ミリアムはホッとしていた。二人の関係性が悪い方向に進んでいっていなかったからだ。
パンは妻子のことがあったから、能力者に対して良いイメージを持ってはいない。そして、ロゼットはその能力者である。そのため、二人の関係が良いものにならない可能性は高かった。が、パンがロゼットを受け入れたので、良い方向へと進み始めている。
ミリアムは非能力者たちが圧力を受けず自由に暮らせる世を作るために戦っている。けれど、本当に望んでいるのは、能力者も非能力者も共に生きられる世の中だ。無理矢理交ぜて同じ暮らしをする必要はないにしても、互いに差別し合うようなことはなくなってほしい。それがミリアムの本当の願いでもある。
◆
その日の夕方、施設内の広間にて集合が命じられた。
パンが集まるよう指示したのだ。
「皆集まっているな?」
あらかじめ決められていた時間に、皆きちんと集まっていた。それを確認して、前に出ていたパンは話し出す。
「今日から新たな仲間が加わることとなった。それが彼だ」
これは、ロゼット正式加入を皆に知ってもらうための会。
ミリアムは胸の鼓動が加速するのを感じつつ見守る。
「初めまして……かどうかは分かりませんが、よろしくお願いします。ロゼットと申す者です」
パンと共に皆の前へ出たロゼットは、一度お辞儀をしてから、淡々とした調子で挨拶をする。
「僕は水の能力者です。それを隠すことはしません。ですが、どうか、そっと受け入れていただきたいのです。それが望みです」
ミリアムは挨拶を聞きつつ少しだけ視線を動かして、横に座っているサラダが眉頭を寄せていることに気づく。
ただ眉間が痒いだけ?
それとも何か別の理由が?
サラダがこんな顔をしていたことはなかったような気がして、ミリアムは妙に気になってしまった。
「パンさん、彼、ホントに能力者なんですかぁ?」
「能力者また来たのかよ!? しかも今度は男!?」
集められた仲間たちから色々な声が飛ぶ。
日頃は敵としか捉えていない能力者の加入に、多くの仲間が戸惑っている。
「誓います。皆さんの力になると。よろしくお願いします」
「ロゼットは前の敵襲の時ミリアムさんと俺を助けてくれたんだ。刺客から庇ってくれて、病院送りになっていた。で、ようやく退院してきたから、正式に俺らの仲間になることを認めたってわけだ」
ミリアムは黙って皆の方へ目をやる。
何とも言えないような顔をしている人はいた。集まった全員がロゼットを良く思っている雰囲気ではない。だが、その理由をミリアムは知っている。ここでは、能力者であるだけで良く思われないことが多いのだ。ミリアム自身も例外ではなかったし、当然、ロゼットも例外ではない。
「そうかそうかぁー。もう功績を持ってるーってことかぁー」
「やるな!」
今この場に集まっているのはほとんどが非能力者。
けれども、彼ら彼女らは、すべてを悲観してはいない。
能力者を恨んでいる者は確かにいる。力を持たず生まれたことを後悔している者も存在はする。だが、小さな希望を見出そうとしていることも、また事実である。
「能力者ではあるが悪人ではないぞ! 仲良くしてやってくれ!」
パンがはっきり述べると、皆は明るくざわめく。
だが次の瞬間。
「僕としては、まず、この能力を活かしてトイレ掃除から始めたいです」
ロゼットが微笑んでそう言ったことで、何とも言えない空気になりつつ会が終わってしまうこととなった。
◆
ロゼットはその能力を活かして施設内のトイレを掃除したいと言った。ということで、掃除係のおばさんと共に、トイレへ連れていってもらうこととなった。
集会は終わり、解散となる。
皆、持ち場へと戻っていく。
広間内に残ったのは、ミリアムとパンとサラダのみ。室内が急激に静かになり、空気の温度も一瞬にして下がった。
「サラダ、何だか浮かない顔ね。どうしたの? 何か気になることでもある?」
室内にいる人間が減ったことを確認してから、ミリアムは気になっていたことについて尋ねる。
いきなり問われたサラダはきょとんとした顔になった。
ちなみに、パンは椅子の整理を一人で行っている。彼は愚痴の一つもこぼさずに黙々と簡易椅子を片づけていく。
「集会中、渋いものを食べたみたいな顔をしていたでしょう?」
「え。わたしがですか」
「気のせいなら良いのだけど……少し気になったのよ」
「そうですね。少し考え事をしていたので、そのせいかもしれません」
ミリアムと会話する時のサラダの表情は明るい。つまり、今はもう不自然な表情ではなくなっている。サラダらしい顔を今はしている。だが、サラダが妙な顔をしていたことを、ミリアムはどうしても忘れられなくて。それで尋ねたのだ。
「考え事って、ロゼットに関係していること?」
その問いを聞いた瞬間、サラダはドキリとしたらしく肩を持ち上げた。
とても分かりやすい。
「じ、実は……そう、なんです……」
「やっぱりそうだったのね。で、内容は何? ロゼットの恋人になりたい、とかかしら」
「違いますっ!!」
今度はミリアムがドキリとする番だった。
いや、厳密には先ほどのサラダのそれとはまったく違う意味を持つものなのだが。
ただ、心臓が大きく鳴ったという意味では、先ほどのサラダの反応に似ていたかもしれない。
「ず、随分大きな声で否定したわね……」
「そうじゃないんです!」
「分かった、分かったわ。取り敢えず落ち着いて。それで? 考え事って?」
ミリアムは一旦間を空けて改めて問いかける。
そして沈黙が訪れた。
サラダはすぐには打ち明けられないようで、唇を閉じてしまう。そんな彼女を目にしたミリアムは、言う前に考えることがあるのだろうと解釈し、しばらく待つことにした。何もかもすべてをすぐに言える、なんてことはない——それはミリアムも知っていることだ。




