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11.四人茶会

 それから数日、ロゼットは退院することとなった。


 深かった切り傷も、もうかなり治癒してきているらしい。ミリアムは、ロゼットの担当の医者からそう聞いた。ミリアムは医学の知識を持っていないので、医者が言うことが正しいのか否かを判断することはできない。が、ロゼットが「もうそこまで痛くない」と言うので、退院しても問題ないのだろうと考えた。


 そうして、ミリアムはロゼットをつれて施設へ行く。

 ロゼットをパンに会わせるために。

 パンはその日ミーティングやら何やらで朝から忙しくしていたらしい。ミリアムたちが会いに行った時、彼はかなり疲れたような顔をしていた。


「パン、大丈夫なの? かなり疲れているようだけれど」

「おう……死にかけてるぜ……」


 周囲に大量の書類を散らかしながら、パンは低い声で言う。

 死にかけている、なんて言うのは、冗談のつもりなのだろう。ただ、彼の表情は疲れ果てた人そのもので。今の彼は、元気そうとはお世辞でも言えないような状態である。


「一体何があったの?」

「今日は、な……銀の国のやつらが攻めてきた時の対策をな……考えていたんだがな……」


 パンは二本足で立ったまま、木製の机に腕をつき、顔を伏せている。時折目もとだけを露出させてミリアムのことを見るが、それ以外はほぼ顔を伏せたまま。まともに交流できる状態ではなさそうだ。


「あまり無理をしない方がいいわ。取り敢えずお茶でも淹れるわね」


 ミリアムがそう言うと、パンは急に顔を上げる。


「待て待てぃ! ミリアムさん! 茶はいい!」


 パンは必死の形相。直前までの疲れ果てだらけきった顔つきとはまったくもって共通点がないような表情になっている。目も口も、大きく開かれて。


「どうして? なぜそんなに必死なの」

「ミリアムさんに給仕は向いてない! それだけは言えるっ!!」


 ロゼットの退院を報告するためにここへ来たというのに、ロゼットは放置されてしまっている。ミリアムとパンばかりが言葉を交わし、ロゼットはただ近くに立っているだけの状態だ。


「あの時は偶々失敗しただけよ? 茶葉を間違えたの。でも今回は大丈夫。ここの缶のを使えば良いのでしょう?」

「ち、違う! そうじゃない! 前は砂糖と塩を間違って——」

「あれは運が悪かっただけよ」

「運!? 運は関係ない気がするんだが!?」


 ミリアムはかつて大失敗をしたことがある。活動を共にする仲間たちのためにお茶を淹れようとして、とんでもない代物を作り上げてしまったのである。


 まず、茶葉が入っている缶を間違えて数年前の茶葉を使ってしまった。当時使っていた茶葉入れと同じデザインのものだったため、勘違いしたのだ。さらに、キッチンに二つある白い粉が入った容器から砂糖を入れようとしたのだが、間違って塩を投入してしまった。彼女はどちらも同じものだと思っていたらしい。


「頼む! 止めてくれ! 苦くて塩辛いのはもう飲みたくないーっ!!」


 パンの部屋に響いたのは、彼自身の悲鳴にも似た叫び声だった。



 ◆



 数分後、パンの部屋にいるのは四人になっていた。

 パン、ミリアムとロゼット、そして、パンの叫びを聞いて驚いて駆けつけたサラダである。


「本当にびっくりしました! パンさん、叫ばないで下さい!」

「いや、だがなぁ……」


 サラダが紅茶の入ったカップをパンに手渡す。


 そのカップは、持ち手が一つだけついたもの。プラスチック製で、全体はほんのりピンク色である。チューリップとウサギの模様が描かれていて、全体的に愛らしいカップだ。


 仲間内で広がっている噂によれば、かつて娘が使っていたカップだとか。


「ミリアムさんもどうぞ」

「ありがとう。悪かったわね、代わってもらってしまって」

「いえいえ! 気にしないで下さいっ」


 ティーカップを受け取ったミリアムは、その中に注がれている紅茶の一番上の面をじっと見つめる。赤茶色の水面に彼女の顔が映り込んでいた。


「ロゼットさんにも、はい!」

「ありがとうございます」


 その場にいたロゼットも紅茶を貰うことができた。


「そういえば、ふと思ったのですが」


 受け取った紅茶を飲みつつ、ロゼットが切り出す。


「わたしに何か用ですか?」


 ポットの方へ戻りかけていたサラダが振り返り、ロゼットへと視線を向ける。珍しく話しかけられたことを不思議に思うような顔をしながら。


「貴女は能力者に対して悪い印象を持ってはいないのですか」


 ロゼットがいきなり重めの話題を振ったのを見て、ミリアムは何度か目をぱちぱちさせた。ミリアムの人形のように整った顔面に、困惑の色が濃く浮かぶ。一方、パンはというと、可愛いカップを手に持ったままロゼットの方へと目をやっていた。


「えっ、わたしですか! わたしに聞きます!?」

「深い意味はないのですが」

「そうだったんですね! ……そうですねー。わたしはパンさんやスープみたいな能力者との思い出はないんですよ。っていうのも、能力者から被害を受けたのはわたしの親なんです」


 サラダは黒髪をなびかせて踊るように回転しながら話す。


「貴女ではなく、両親が……?」

「サラダの親は殺されたんだよ。活動中に、な」


 急に口を挟んだのはパン。

 今は娘のように面倒をみているサラダの事情を言いたくて仕方なかったのかもしれない。


「数年前、ここエトランジェで、非能力者の独立のための戦いが起きたことがあったんだ。そん時、サラダの両親は活動に参加していた。で、命を落としたんだ」


 ロゼットは考えるような顔でパンの話を聞く。


「父親は戦いに巻き込まれて亡くなった。母親はまだ小さかったサラダを連れて後方支援をしていたんだが、結局乱戦に巻き込まれて、怪我で命を落とした」

「パンさんと母は知り合いで、母が死ぬ直前わたしのことをパンさんに頼んだんでしたよね!」

「ああ。そういうこった。だから俺にはサラダを護る義務がある」


 ミリアムは話を聞きつつ紅茶を飲む。

 こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのに、と思いつつ。

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