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始まる腐敗、その1



§ § § 




 揺れる煙りに白檀の香り、そこに僅かに交ざる焦げ臭さ。

 この香りはどこからか寂しさ連れてきて、昔を思い出させので苦手でした。

 両親が燃えて、小さくなってしまった時の事を、思い出すからです。


 メクルは墓前の前で手を合わせ、蘇ってくる記憶に向き合います。


 アオメからレイズの情報を手に入れた後、三人は一度解散しました。

 ヒロは次の動画の準備があると帰宅し、ピーシーはなにやら演劇部に呼ばれたと学園へ。

 メクルは、とりあえず帰宅して剣真に渡す書類を作りに戻り、その日は眠りました。

 大きくはなくとも、進展した事に手応えを、そしてその先の未来に不安を感じながら眠り、気づけば朝でした。



 朝、適当な食事をすませてからバイクに跨がり、蝉時雨とせるような暑さの中を走ってやって来たのは霊園。

 そこに眠る両親の墓に手を合わせながらメクルは思います。



(しばらくこれなくてごめんなさい、とは言ってもこっちでは半年ぶりくらいですか)



 降り注ぐ夏の太陽は容赦なくメクルの制服を焼き、先程磨いたばかりの墓石からはゆらりと湯気が上るほど。湿り気と共に白檀の焦げる香りが沈殿していた記憶を巻き上げると、吹き上がってくるのはやはり両親の葬式の光景です。


 まだメクルが9歳の時でした。

 交通事故でした。

 両親の焼けた骨の香りは忘れがたく、人はこんなにも小さくなるのかと、壺へと収まった二人を見て泣きました。

 そして今は、ここで仲良く二人は眠っています。



 メクルは、そんな二人に報告へとやってきていました。



(父さん、母さん、また私は人の物語を奪いました。結末が在る世界へと田中君を閉じ込めて、物語じんせいを勝手に創作し、彼の人生ものがたりを奪いました)



 田中剛の説得に失敗し、多くの命のために身勝手な行いをしたことを、メクルは常に悔いています。

 それでも、また田中君のような人が現れたら、メクルは同じ事をするでしょう。

 そうやって誰かの物語を奪う度、メクルは何度もここへと足を運んできました。



(私は、悪い人間です……どうしようもない、悪人です、ですから必ずどこかで報いを受けます)



 そう、心の中で呟いた時、思わず「あ」と言いそうになりました。

 

 彼が消えた事、――まさにこれは、()()()()()()なのではないか?

 

 これが天罰なのだとしたら、さすがは神様でした。

 

 ピンポイントでクリティカルでダイレクトにヒットです。

 

 報告を終え、立ち上がると、暑さのせいか軽い立ち眩みがします。

 暖められた脹ら脛にだけ熱が籠もり、頭に血が上手く上ってきません。


 白くにじむ夏の景色を払うように額の汗を拭い、リュックを背負ってから掃除道具と水桶を持って両親の墓地を後にします。


 ここは御影学園内にある鹿柴霊園、山間にある我が家からも近く、比較的に新しいこの霊園は、真面目な管理人さんがいるので墓所の周りをまめに清掃し、清潔さを保ってくれますし、カラスに荒らされないようにお供え物もその日には片付けてくれます。


 聳え並ぶ家々のご先祖様の墓石には立派な名前も多く、知っている名字も幾つかあります。


 通り過ぎながら手を心の中で合わせ、管理室を目指す途中で思わぬ人と出くわしました。相手は既にこちらを認識しており、あからさまに睨んでいます。


 例え1キロ向こうからでも目立ちそうな赤いシャツ、麦わら帽子の男でした



「よう、てめぇらみたいな化け物にも墓参りって習慣があんだな」



 御影署の警部、チート嫌いの三原さんでした。


 赤いアロハ 黄色の短パン、青いサンダル、2キロ離れたら信号機に見間違う鮮やか過ぎる格好です。



「先日はお世話になりました、また朝から飲んでるんですか?」



 今日は扇子センスの代わりに重そうなビニール袋を片手に、もう片手にはビール缶が握られています。冷えた缶ビールが沢山はいっているのか、結露した水滴をポタつかせる袋は今にもちぎれそうな程に伸びています。



「こんだけ暑けりゃアルコールも一瞬で毛穴から出らぁ、大体こちとら今日は朝から非番なんだよ、水分補給ぐらい好きなもん飲ませろや」



 漂ってくる酒気の匂いに、朝から飲んでいるのではなく朝まで飲んでいたのだとメクルは察します。三原警部はよくこれをします。それでいて責任ある立場で今から緊急で呼ばれても仕事ができるのですから、こちらとしては文句はないのですが、それでも心配ではあります。



「ビールじゃ水分補給にならないですよ、むしろ塩分濃度のバランスが崩れて脱水症になりますから程々にしないと」


「だからうるせぇって言ってんだろ、ほっとけっての! 塩ならそこら中にあらぁ!」



 どうやらかなりお酒を召しているようでした。


焦げるように焼けた日焼けせいでお酒で顔が赤くなっているのかは解りませんが、その千鳥足加減からかなりの量を飲みながらここまで来たようでした。



「で、おめぇは誰の墓参りだ?」


「両親のです、三原さんは?」


「なぁんでてめぇに教えなきゃなんねぇんだ」



 自分から聞いてきたくせに……、と酔っ払いに返しても藪蛇やぶへび。心得ています。

 仕事で疲れて、この暑さにも苛立っているのでしょう。


 三原はまたグイっと缶ビールを呷ると飲み干して、片手でグシャリと潰します。それをポイ捨てするのかと思いましたが、そこは皆の手本の警察官、ちゃんと持っていたビニール袋へと押し込みます。


 が、しかしそこが酔っ払い、片手で潰した空き缶はどこかしら尖ります、ビニール袋なんて簡単に切り裂く程度には。



「お、おっ、あっ」



 案の定、限界まで引っ張られていたビニールはあっさりと裂け、あとは自重で一気に破れて中身がガシャリガシャリと散乱し転がりました。



「くそっ、あぁったくよぉ!」



 自分で原因を全部作ったのですからこちらを睨まれても困ります。

 飛び出したのはビール、ビール、ビール、ビール、酎ハイ、またビール、それと、



「三原さん、チョコエッグがお好きなんですか?」



 お酒の他に転がったのは、チョコエッグの箱でした。

 三つもありますが、ビールのつまみにするにはどうなのでしょうかと、メクルが思案していると、



「うるせぇなぁどうでもいいだろうがよ! ほれさっさと帰れ帰れ!」



 余計な詮索なんてしてんじゃないよと言わんがばかりにシッシッとメクルは手で払われます。犬か何かのような扱いです。



「わかりました……あ、よかったら、これ使ってください」



 メクルは自分が花とお菓子を入れてきたビニール袋をリュックから取り出して三原へと差し出します。施しなんざいらねぇよと視線を逸らすも、なけりゃないで困るとは解っているようで視線を戻すと短く「……おう」と袋を手に取り膝をつきました。



「あっ」



 三原が膝を着いた途端にグラリと前へ倒れそうになりました。

 身体が勝手に反応していたメクルがすぐにしゃがんで右手を突き出し三原を支えます。



「やっぱり飲み過ぎですよ、三原さん」


「ちっ……、かもな……、すまねぇがちと拾ってくれねぇか」


「はい」



 メクルは再び三原から袋を返してもらうと、テキパキと缶ビールや酎ハイを詰めました。幸いにも小さな凹みができた程度です。炭酸に関しては諦めてもらいましょう。


 最後に三つのチョコエッグを手に取りました。


 中に子供向けの玩具オモチャが入っている物です。


 最近人気のアニメのコラボのチョコエッグ、三原が意外な趣味を持っているのか、それとも本当に酒の肴なのか、しかしビールのつまみにチョコを選ぶならやはり妙なチョイスです。



「……そりゃ俺のじゃねぇよ」



 メクルがエッグを見つめていると、ぽつり、暑さに沸いた泡ぶくが弾けるように、三原が呟きました。



「ご家族の、ですか?」



 思わず尋ねて、――しまった、と後悔しても遅いのでした。

 こんな場所です、明らかに踏み込んでいい話ではありません。


 急ぎチョコエッグを袋に詰めてから三原へと渡すと、袋を受け取った三原は座ったまま中身を眺め、また熱に浮かされるように口を開きました。



「孫だよ……、へ、運のねぇ野郎でな、まだ7歳だってのに白血病でコロリだ」



 ぽつり、ぽつり、焼けた石畳の上では胸に溜まった物がふつりふつりと沸いてしまうのか、それともいつも以上に酔っているのか、メクルがかけるべき言葉を探していると、三原が続けます。



「もう4年も前だ、週末になると毎度家にきてな、うるせぇのなんの……だかだか走って、爺ちゃん、これ何っこれ何? ってワッパ持ってくんだよ、怒っても聞きやしねぇ……けらけら笑ってよ、かっこいい、かっこいいってよ……」


「可愛いお孫さんだったんですね」


「どこだよ、こちとら仕事に疲れてるのに、猿みてぇにキャッキャと走り回って、けど家内が喜ぶからよ、ろくに家にも帰らない旦那の癖に、唯一の孫との楽しみまで奪えねぇわな……」



 地面に埋めてしまった思い出を見つめるように、三原は下を向いたまま、ぽつり、ぽつり、と続けます。



「お孫さん、チョコエッグがお好きだったんですか?」


「ちげぇよ、ガキの目当てなんて中身のおもちゃに決まってんだろ、喜ぶと分かってからは家内がバカみてぇに買い与えるからよ、次から次へと開けて、そんでチョコの部分だけ俺によこしやがんだよ……、甘くて食えたもんじゃねぇから、ビール飲みながらかじってたら、なんだか癖になっちまってよ」



 そう言って、三原は袋の中からチョコエッグを取り出すと、手慣れた手つきで開封し、中の卵を握りつぶしました。



「……へっ、こんなオモチャの何がいいんだか……そういや、てめぇもガキだったな」



 砕けた卵の中からオモチャを取り出すと、メクルに向かって投げました。

 受け取って見てみると、メクルもよく知らない女の子のキャラクターでした。



「やるよ、袋と……、話を聞いてくれた礼だ」



 握りつぶしたチョコレートを一気に口へ投げ込むと、またビールを一本取りだしてプルタブを起こします、衝撃で攪拌された炭酸が一気に吹き出し、真っ白い泡が焼けた石畳へと吸い込まれて消えました。



「……三原さん、それ以上は」


「うるせぇ、これが無きゃ食えねぇし、これが無きゃ飲めねぇんだよ、もう自分でも甘いのが嫌いなのか、苦いのが嫌いになってきてるのかわかりゃしねぇ!」



 眉間に皺を寄せながらまたグイと呷り、三原は立ち上がりました。フラリとした動きに、メクルが手を貸そうとすると「いい、一人にしてくれ、あんがとよ」と断られます。



「……わかりました、でも程々に」



 また三原にシッシッと手で追い払われると、メクルは自分の荷物を持って歩き出します。



「なぁおい! 綴喜つづき!」



 その背を叩くような、三原の声がします。



「てめぇら異常者の中には、()()()()()()()()()()()()()()()()! 4年前にだ!」



 その言葉が、今度はメクルの胸を殴ります。

 鈍痛ドクン、と響く嫌な音。

 答えにあぐねて、言うべきかどうか悩んだ末に、メクルは振り向かずに言いました。



「……――はい、()()()



 何故?


 どうして? どうして今、自分は嘘をつかなかったのか。


 そんな人間はいない、お孫さんの死は仕方が無かった、そう思わせてあげた方がずっとずっと三原にとっては気が楽なはずなのに……。

 

 考え、思い当たり、またそんな自分に嫌気がさします。

 

 ただ両親が眠る前で嘘をつけば、今までの懺悔まで虚構ウソになりそうだったからです。



「……けっ、てめぇ、正直者だな、それともバカか」


「たぶん……、どっちもです」


「だろうな、()()()()()、当時、学園にすげぇ治癒能力者がいたこともな……俺はすぐに上に掛け合ったんだよ、今まで何年も、何十年も、化け物様達のケツ拭いて後始末やってきたんだ、だったらちょっとした駄賃くらい、おこぼれぐれぇ、くれてもいいだろうがよってな……なのに」



 その答えを、メクルは知っています。


 

()()()()()()()()()()()()()()、だとよ! そりゃそうだ、俺みたいな一般人が下手に喋っちまったら大混乱だわな、俺の癌を、娘の不治の病を、孫の白血病を……きりがねぇ、わかってんだよ……」



 異能の力、それは確かに大きな恩恵です。


 そしてその力を、今は政府と学園が秘匿し、独占することで他国から護っています。


 誰かに使えば噂がたち、能力者として各国のスパイに特定されれば、拉致監禁もあり得るからです。



「わかってんだよ、んなこたわかってんだ……、わかってんだけどな、やっぱり俺は、俺はおめぇらが大嫌いだよ! 助けられる命を捨てて、俺達じゃねぇ()()()()()()()()()()()()()! いいかってめぇが立ってる場所はな、そうやって捨ててった屍の上だ!」




 叫ぶ三原の苦渋の顔がメクルにはありありと浮かびます。

 分かっています、自分達がどれだけの恩恵の中にいるのか。

 分かっています、自分達がどれだけの責任を背負っているか。

 分かっています、自分達が護っているのは、誰かの現実なのだと。




「ええ私もです、三原さん……私も、こんな事をしている私が嫌いです」




 振り返ることができませんでした。

 ただ暑くて、足が焼けて、崩れそうでした。


 怖くて、情けなくて、どんな顔をすればいいのか分からなくて、泣いても笑っても怒っても、どれもこれも救えるの

は自分の気持ちばかりで。三原にできる事があるとすれば、それは――、



 ――鳴鳴鳴鳴リリリリ



 押し黙った二人の静寂に着信音。

 メクルのスマホでした。

 リュックから取り出し、掛けてきた主の名前を見てすぐに出ました。




『綴喜、至急生徒会執行部へ出てくれ、かなり不味いことがおこった』




 剣真です。それも声色からしてかなりの至急の用事だとすぐにわかりました。



「わかりました、10分後に、今自宅近くの鹿柴霊園にいるので」


『鹿柴霊園……、自宅は確か北山の方だったか?』


「そうですけど」


『ならそのまま現場へと向かってくれ、場所は――』



 剣真が焦る気持ちを抑えるように言い終えた住所は、ここからバイクで10分程のところにある住宅地でした。



「なにがあったんですか?」



 ただ事では無い慌ただしさが、電話の向こうから喧噪となって漏れ出していました。

 怒号、だれかが叫んでいるのを、また違う誰かが必死に宥めようとする声。


 恐らくは相当の緊急事態です。


 剣真は深く息を吐いてから、意を決するように言います。





『御影の()()()()()()()()()()()、演劇部の影柄かげづか輝男てるお、知っているな?』





 足下に骨、近くに死体、遠い遠いあの星に死骸、泣き喚いていた蝉が一匹落ちました。

 

 夏は死の季節。

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