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忍びの少女、その4


 

 

§ § § 



 ジャンピング土下座の後、とりあえず、4人はお茶会を開きました。

 ソファーやテーブルをよせて、フローリングを掃除して引き剥がしたシーツをピクニックシート代わりに、枕やクッションの上に座ると4人で茶菓子とお茶、ケーキにパンを囲みます。ヒロは恥ずかしげも無くあぐらを組み、ピーシーは女の子座り、メクルとアオメは正座をして向き合いました。


 アオメの昨夜の記憶を取り戻しつつ、現代の言葉を理解してもらい、そして今がアオメが生きていた時代から既に数百年が過ぎた時代なのだと説明すると、頭を抱えながらもアオメは状況を飲み込み始めました。


 何度かの休憩を挟みつつ、ヒロが購買で買ってきた現代のスイーツ、パン、お菓子などでブドウ糖と一緒に現代の状況を脳に吸収させつつ、ようやく一段落ついた時にはすっかりとお昼を過ぎていました。



「信じられぬが、そうか……私は死んで、本当に生き返ったのだな、本当におかしな気分だ」



 アオメは手にした金平糖を投げ込むと、飲み込み難い現実を嚙み砕くようにして奥歯ですり潰し、苦いお茶と一緒に飲み込みました。



「御影城と火縄銃をご存じのようですし、恐らくはアオメさんがお亡くなりなられて440年くらい、鉄砲伝来は1543年、御影城ができたのは1567年とされてますから、アオメさんは戦国と呼ばれる時代の生まれということになります」


「室町幕府、権威失墜、各国大名、国盗りゲーム」


「あぁそうだな、室町幕府、京の都、足利の為政に本当に困ったものだった、おかげで世は乱れに乱れていた……」


「アオメさんは、440年前の京都にも行ったことがあるのですか?」


「ん、あぁ、生前に一度か二度、父上と一緒に都見物で赴いた事がある……、それが440年前になるのか、今の京の都は……はは、観光地というのだな、春の日よりに物見遊山で歩くには良い所だったのは覚えている」



 しみじみと語るアオメを見るにつれ、死者蘇生の事実が固まると、メクルはなんだか胃の辺りがチクチクとしてきます。何か大きな問題にならなければいいのになぁ、などと恐らく叶わない願いまで浮かぶ始末。



「あの、それでアオメさん昨夜の事で聞きたい事が――」


「その……すまぬ、メクル殿、私の事はアオメと呼んでくれぬか?」


「え、いえでも、順当に生きてたとしたらアオメさんが最年長ですし」


「齢450にもなっておらんよ、それにこの肉体、私が死んだ時より若返っておる、元服前の身体なのかもな……それに……そうだ……」



 瞳を陰らせて思い返す記憶に、未だ戸惑いを隠せないのか呟くように続けました。



「昨夜、私は明久めの奴を討ち取ろうと挑み、返り討ちにおうた……、その昔、私が挑んで負けた時と同じ結果となってしまったわけだ」


「覚えてるのですか?」


「ああ、昨夜の事もしっかりと思い出した……、あの夜、目が覚めたら私はあの男と二人、狭い箱のような物の中におった、しとねを共にするように夫婦のようにお互い裸でな、思い返すだけでも身の毛もよだつ」



 アオメは両肩を震わせ、膝上の両拳を握りしめ震えていました。



「そのあと、なんとかして外にでた、無我夢中じゃったのは覚えておる」


「で、あのおっさんとバトってたと」


「バトって?」


「バトルって意味です」


「バトル……あぁ、戦った、日が沈み始めていた、夕刻、近くの茶屋に木刀を偶然みつけてな、拝借して、それから明久を探した、そして――」


「あ、ちょっとまってください、その前に聞きたい事があるんです」


「お、そうだそうだ、聞きたい事があったんだよ」



 昨夜のバトルの話へと移るのをメクルが止めます、聞きたいのはその前の事です。

 ヒロもさすがは図書委員、まずは聞くべき事をわかっています。

 二人とも同時にアオメに尋ねました。




「明久の他に誰かがいなかった教えてください」

「明久の野郎と戦った時のお前の能力について教えろよ」




 二人ともまったく違う事を尋ねました、二人とも見合って二人とも『こっちの方が重要じゃない?』と視線を向け合います。



「あぁ、……そうだな、ではまずはヒロ殿の質問から答えよう」


「よっしゃ!」



 ヒロ、謎の勝利のガッツポーズです。



「三人は『五行ごぎょう』というものを知っておるだろうか?」


「知ってるぜ! りんぴょーとーしゃーって奴だろ、忍者がよくやるやつだろ!」


 シュシュシュっとヒロがそれっぽく十字を切るように指を動かすと、メクルはすかさず訂正します。


「ヒロ、それは『九字くじ』ね、それで五行って、あの『木』『火』『土』『金』『水』の?」


「うむ、『九字』は主に心信護身に扱う術だ、旅の心得のようなものだな。同じく唐の国から伝わった『五行』は水木火土金の気、5つの気の相剋と相生を操る術だ、私の属する気は『木』、木気は肝丹を御する、肝丹御すれば火気を生み、火気は血肉を御する、二つの気をぎょすれば『五行身体操術』を扱えるようになる、というものだが……わかるか? ヒロ殿」


「……お、おおう、なるほど、な、ほうほう」



 分かっていませんでした。

 ヒロはさっそく処理速度の許容量が超えつつあります。



「アオメさん、ここにおられるヒロめは少し覚えが悪いのでございます、できれば簡略した説明をお願いします」


「なんと、そうだったか……すまぬことをした」


「二人して可哀想な奴を見る目すんなよ!」


「ヒロ、すこし、バカ」


「うるっせ! ピーシーだって分かってねぇだろ! 分かってるなら俺にも分かるように説明してみろよー」


「わかる、アオメ、気、操る、にんにん」


「わかりやすい! 天才かっ!」


 指を組んで『拙者これにてドロン』のポーズのピーシーにヒロは羨望の眼差しを送りました。

 ヒロにはそれぐらいの説明が丁度よかったのでした。



「うーん、じゃぁ100年以上前からも既に現実世界はわりと異世界だったてことかなぁ、これは……」



 現実世界に気という概念が昔からあったのは知っていましたが、それはあくまでもフィクションだけの世界です、気で波動砲を撃ったり、気で空を飛んだり、瞬間移動したり、人から元気を集めるなんてことは本来ならできません。


 今でこそチート能力の研究は昔よりは進んでいますが、それでも解明されてない部分が大半なのが現状です。


 もしアオメの言うことが事実であれば、異能は持ち込まれたのではなく、最初からあった事になります。この情報が世に出れば御影に点在する学会の学者達があちこちで悲鳴を上げる大発見と大混乱になるのは想像に難くありません。下手すれば誰かが列車を止めかねません。



「つまり内臓、神経、脳に働きかけるのが木気で、木気で火気を強めると肉体が強化される……と」


「左様、人体にはもとより五気が備わるがかたよりがある、出生や血筋や星の巡りによってそれは変わる。もとより火気に属する人間は、往々にして幼少の頃から肉体が強く育つ、術などなくとも力が強い、幼少の頃になぜか飛び抜けて足の速いわらしなどがおったじゃろ?」


「いたなぁ、無駄にかけっこが速い奴とかデカイ奴……じゃぁよう、アオメの身体操術は筋力を上げる術ってことか?」


「多少は上げておる。だがそもそも木気の人間は肉体そのものが火気の者より強くない、筋力だったな、だが木気で補助する事により一時的にだが力が増す、木を燃やし火を得るようにな」


「そして同時に脳と神経系にも木気が作用するから、反射神経の向上により上がった脚力でも走る事ができる、と」


「メクル殿は慧眼の持ち主だ、その通り、火気の者より力で劣るが、速さでは誰にも負けぬ自信がある、そして燃やしてしまった木気を養う方法を内丹術という、これはちと難しいが熟達者は燃やしながら養う、さすれば三十里を休まず走ることができるので……あー、スタミナ? そう、木気に偏る者はスタミナがある」


 仮に走るための筋肉を体に移植したところで、内臓や神経や脳がそれに対応できなければ意味はなく、アオメは木気によって神経の反応速度を上げることで高速運動を実現してる、さらに筋繊維や内臓の負担を減らし、骨格筋細胞や神経細胞に負荷が加わった際におこる酸化ストレスをもコントロールし、長距離を高速で走る……とここまでメクルは心のメモ帳にまとめて頭の本棚へと収納しました。



「でも聞けば聞くほど忍者って感じだな!」


「ん? いや、私は忍びではないぞ?」


「あれ、違うのですか?」


「違う、本来忍びは……諜報? を担う者達だ、我々武芸者や仙人とはまた違う、あー、ジョブ? だ……おお、気をえむぴーとも言うのだな、速度はAGIあじりてぃ? うむ、つまり私のジョブは武芸者、能力は『五行使い』、ステータス? は、AGIとVIT特化というわけだ」


「…………ピーシー、どんな現代辞書をインストしたの」



 どうやらRPGぽい現代辞書をピーシーは選んだようでした。

 現代語といえば、確かに現代語の一つではあります。



「じゃぁ今度は私に質問させてください、アオメさん」


「だからアオメでよい、私もメクルと呼ばせてくれまいか?」


「わかった、じゃぁアオメ、御影城での話しなんだけど、あの埋まっていたっていう穴について」


「茶屋の隣での一件についてだな、そこから出た後か……、私と明久は土より出た後、すぐにその場で素手で殺し合いを始めようとした、そこに」


「そう、そこに他に誰かいませんでしたか?」


()()()()()、男がそこに一人おった」


「顔は見ましたか?」


「……すまぬ、その時はまだ頭もぼうと呆けておってな……それにそやつは面が割れぬように頭巾のような物をかぶっておった、夕刻時に日を背負っており子細しさいまでは……だが、細い体付きだったが、あれは男だった」


「なんで顔も見てないのに男だってわかったんだ? 現代の服着てたのなら、性別とかわかんねぇだろ?」



 ヒロの言うことはもっともでした。


 今ならアオメには現代の言葉と共に知識がインストールされていますが、その時はそこがどこかすら曖昧だったはずです。



「それは、()()



 そう言うと、アオメは何かを思い出すように目を閉じます。



「声、とても優しい男の声だった……優しく、悲しそうな、琴音のような声」


「……優しい声、ですか」


「あぁ、死合おうとしていた我らを止めようとした、事情を話すから争わないで欲しいとな、なぜか自然と頭に響く声だったことは覚えておる、その後は結局、明久めが近くの釘を撃ってきてな、その場から逃げた」



 あの現場には確かに三人目がいた、そしてレイズは男、進展と言えば進展ですが、まだ弱いと感じたメクルは、すぐにピーシーに目を向けました。



「ピーシー、アオメのHDDからデータは抜いた?」


「まだ、即コピ無理、用量膨大、映像情報確認、なら接続」


「メクル、まだ現代の言葉が解りきれぬ故、説明して欲しいのだが、ピーシー殿はなんと?」


「えーっと、つまりもう一度アオメに接続する事で、アオメが記憶した映像や音を見ることができるんだけど、わかる?」


「接続……、繋がる、あぁ!」



 口を開け、ペロリと舌を出すピーシーに気付き、アオメは頬を赤らめました。



「い、いやいやいや、幼子がそのように淫らに、ひ、人と接吻するなど、良くない! 良くないぞ!」



 ブンブンとピーシーに手を振って接続を拒むアオメに、メクルは、



「その背格好だけでも見たいんです、今は少しでも情報が欲しい、沢山の人の命がかかってるんだ、アオメ」


「ぐ、うっ、その、なんだ……口でないと、ダメなのか?」


「粘膜接続、一番早い、他、時間かかる、5倍違う」


「い、一刻を争うのか?」


「争う」


「ぐぬ、わ、わかった……」



 恩人のためじゃ恩人のためじゃ恩人のためじゃとブツブツ手を合わせて拝むアオメにピーシーはそそくさと立ち上がり近づくと、アオメの顎先を両手で持ち上げます。



「んぐっ!?」



 顎クイでした、顎クイからの粘膜接続でした。


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