忍びの少女 その1
御影学園内にある総合病院には、機密を扱う専科が院内にあります。
主にお外に漏れるとちょっと厄介な生徒や職員や生物の診断、治療、実験などを行う部門です。
よってセキュリティーも厳重、一般病棟から入ることはできず、地下駐車場に敷設された警備室前でチェックを受けてから、その先のエレベーターでさらに地下へと移されます。
今回はちゃんと生徒手帳の効果が発揮された事に安堵しながら、メクルは長い浮遊感の中、エレベーターで地下12階を目指していました。
隣にはヒロとピーシーもいます。
ヒロは昨夜と変わらず際どい夏モード、ピーシーも昨夜と変わらず冬モードです。
警備室でチェックを受ける時、ピーシーがコートを脱ぐように言われて冷や汗をかきましたが、さすがに今日は下に制服を着用してきていました。なぜ昨夜はコートに裸だったのかをヒロが問いかけましたが、無視されています。
チーン
と、エレベーターが到着の合図と共に扉が開くと、病院独特の匂いがします。
清潔で広々としたロビーです。白と青を基調にしたロビーは普通の大型の総合病院と遜色なく、待合所には青々とした観葉植物、水槽、テレビモニター、内科や外科やレントゲン室へと案内する矢印が廊下にペイントされ、時折忙しそうに看護師さんがパタパタ走って行ったり、点滴スタンドをついて歩く患者がいたりと、ごくごく普通です。
少し違うところと言えば、廊下の角という角にゴツイ自衛隊員が戦闘服に身を包み、レミントンM870《ショットガン》を両手に抱えて立っている事ぐらいです。手芸部お手製の粘着弾が装填されています、着弾と同時にピンク色の粘着物質が付着、5秒もあればカチカチに固まります。
あと少し違う所は、看護師さんは全員ホルスターとテーザー銃を装備している事ぐらいです、発射されたコード付きの針が相手に刺されば暴徒を一発で失神させて、失禁させます。両方とも清掃員さんに不人気な護身銃です。
それ以外はごくごく普通です。
病院のロビーを抜けて、正面カウンターに来たメクルは手帳を係の人に見せます。昨日運ばれてきた少女の病室を聞くと、三人は病室へと向かいました。
病室はB1206号室だそうです。
清掃の行き届いた廊下を歩いて、廊下の角を三つ曲がった所で病室が見えてきました。
病室の前にガッチリとしてムッキリとした自衛隊のお兄さんが護衛、もしくは監視をしています。
「お疲れ様です、御影学園生徒会執行部の依頼で来ました」
メクルが背筋をビシっとして立つお兄さんに生徒手帳を見せると、
「お疲れ様です! ご足労感謝します!」
こんな女子高生にそんなに畏まらないでもと思いつつ、メクルはできるだけ笑顔で尋ねました。
「現在の彼女の容態とか分かりますか?」
「対象は現在鎮静剤を投与され眠っているかと思われます」
「あら、暴れましたか?」
「はい、本日1030、担当の医師と看護師が中に入って点滴の交換中に対象の意識が覚醒、現状への著しい混乱、脱走を試みようと暴れ出したため、テイザー銃による無力化の後、鎮静剤を投与、現在、心拍モニターにて状況を逐次確認しております」
「なるほど、わかりました、では三人で入ります」
「はっ! どうぞお気を付けて!」
ビシっと敬礼する自衛隊のお兄さんの横の扉を開けて二人が先に中へと進みます。
なぜかヒロとピーシーもビシっと敬礼してから、すれ違い様に「ご苦労」と肩を叩きます、偉そうです、目上の方に良くない態度だと思いつつもメクルは最後に入って扉を閉めます。
中はなかなか立派な茶色と白を基調にした個室です。
一泊1万5千円くらいはするちょっとしたホテルの一室にも見える病室でした。
専用のバスルームにトイレ、ソファーにクローゼットに冷蔵庫もあります、壁にはテレビも掛かっています。普通のホテルと違うのは窓とカーテンがあってもその向こうは真っ暗という事ぐらいです。
「寝てるな、まぁそりゃそうか、10時半つったら30分前だもんな」
現在午前11時、12畳ほどの部屋の窓際に設置された白いベッド、シーツに包まれて眠る入院着姿の黒髪少女がいました。
両手をベルトでベッドに固定され、左の手首にはワイヤレスの心拍センサーのベルトが巻かれています。異常な心拍数を検知すると外の自衛隊のお兄さんや担当医師に信号が飛び、すぐに駆けつける仕組みです。
「見た感じ、私達よりちょっと年下くらいかな」
静かに眠っている彼女の顔立ちは、まだすこし幼さが覗えます。
「……メクル、このカルテ、見て」
ベッド脇に掛けられていたカルテを見ていたピーシーがメクルへと手渡しました。
「ん、何かあった?」
受け取ったカルテをメクルが眺めてる間に、ヒロが少女に近づくとおでこを触ったり、髪を触ったり、足の筋肉を触ったりしています、昨夜の身体能力について興味津々です。
「ヒロ、寝てる人で遊ばないの」
「いやだってメクルも気になるだろ、昨日の動きとかよ」
「気にはなるけど……あ、この子、感染症が確認されてる、コレラだって」
「コレッうおっまじかよっ!?」
ヒロが慌てて飛び退くと、慌てすぎて思わず後ろにすっころびました。
「もう保健委員が来た時に治療してたみたいだから大丈夫だよ」
昨夜は蹴られた傷が酷く、本当に彼女は死にかかっていました。
折れたあばら骨が胸の外へと飛び出してはいましたが、運が良かったのは飛び出すように折れた肋の反対側が肺や臓器に刺さっていないことでした。
おかげでヒロが運び込んだ時点でギリギリでしたが治療が間に合い、一命を取り留めました。
「ったく、なんだよ、ビビらせやがって……」
後ろに転がる程に驚いた事が恥ずかしかったのか、飛び起きるとまた黒髪少女へとちょっかいをかけようとベッドに近づいた、その時です。
「へ?」
眠っていたはずの彼女の目が、唐突にパチリと開いたかと思うとかけてあったシーツが宙へと舞いました。一瞬の目隠し、その影で何かが動いたかと思うと、
「双方ら、動くな」
シーツが落ちると、そこには拘束されていたはずの少女が起き上がり、ヒロの腕を後ろへと取り、手にしたペン状の棒をヒロの眼球へと向けていました。




