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御影城での戦い、その2



 黒狼こくろうによる加速は瞬時に明久を射程距離に捕らえます。

 

 次は何も持たず、何も握らず、何も考えず、ただシンプルに、ヒロは拳を撃ち出しました。


 間合いを詰められた明久が手にしていた刀をその場に手放すと、左右の脇差しを抜きました。刃渡り20センチ程の短い刀、それを振り下ろし拳を打ちはじくと、蹴られた時と同じような甲高い金音が夜闇に響き渡ります。



「まだまだっ!!」



 ヒロは続けざまに拳を打ち続けました。


 夜闇の城に木霊する拳と刃の乱舞。


 牙が刃鳴やいばならし、火花散らす、拳と刀の剣戟けんげきに土煙りが立ち上ります。


 コンクリートを易々と打ち砕く速拳の連打、対して明久は脇差しの二刀流の構えにて防戦。


 殴り、はじかれ、殴り、たたかれ、殴り、らされ、殴り、とされる。


 常人離れの連続攻防、打ち合い、落とし合う、爪を突きつけ合う獣同士の戦いでした。



(やろう、俺の連打についてきやがる)



 ヒロは拳速に自信がありました、三十センチ離れた位置から撃たれた弾丸を指先で掴める程の拳です、その速度に、目の前の男、明久は悠々とついてきます。



(磁力で小刀の速度を上げてるだけじゃねぇな、拳が来る位置を把握してるみてぇだ)



 放つ拳を次々に叩き落とし、それでいて視線は真っ直ぐにヒロを見つめています。

 気味の悪い視線でした、まるでなにかを見聞するような、身体の中を探られるような目。


 皮膚を通過し、中身を舐るような視線、ヒロの背中がゾクリと泡立ちます。



「……ふむ、娘よ、その昔に、肺腑はいふを痛めておるな?」


「なっ」



 何故知っている、何故わかった? そんな疑問が僅かにだがヒロの思考をかすめるた、

 その刹那にも満たない僅かな隙を、明久は逃しませんでした。

 

 既に脚の加速は終え、横薙ぎに放たれた足刀そくとう

 

 落雷を彷彿とさせる脇腹への一撃に反応できたのは両脚の黒狼こくろうだけでした。

 

 持ち上げた左膝にて受け、衝撃を逃がすために右へと飛ぶと、黒狼の動きに呼応して紅竜も両手をついて側転、ヒロに距離を取らせました。



「あああぶねぇ……おいおい、おっさん、こんな時に俺の胸に見蕩れてんのか?」



 違う、胸を見たくらいで分かるはずがありません。


 確かにその昔、片方の肺を痛めた事がありました、敵の一撃が肺を貫通し、その時は生死を彷徨いましたが、今では治療の能力者のおかげで治癒しています。外見から見てわかるものではありません。そもそもピーシーと違い、しっかりと肌着を着ているのですから。



「性分でな、人体の構造は四肢を除いて普通の人か、肺腑にまだ少し傷跡がある、なるほどなるほど、大分解ってきたぞ」


「ちっ、気持ち悪いなぁ、お殿様てのはお医者さんごっこが好きなのかよ」


「医者? そうさな、金瘡医きんそういの真似事ぐらいならできる、まぁもっぱら得意なのは……、――()()()()()()()()()()



 そう言うと、男は背負っていた野太刀を抜きました。

 それも手など使わず、刀が独りでに鞘から動き出し、その刀身を現します。



司源刀じげんとう――夜鵠丸やこうまる、娘、こやつは滅多には使わぬ、誇れ、誉れとするがいい」



 青光りする刃先、長さにして90センチの刃渡り、鞘の長さに対しては明らかに短く、重量にして恐らく5キロはある刀身が空を飛ぶと、明久は身体に括り付けていた鞘紐を解きました。

 

 すると鞘も身体から離れて宙へと浮きます。

 

 黒光りする鉄製の鞘、青光りする長刀、その柄が鞘の中へと収まります。

 

 鞘へと逆さに収まったそれは、磁力で強固に固定され、一本の武器へと変わりました。



「……なるほど、刀じゃなくて、本当は薙刀なぎなたってわけか」



 長さは2メートルと半、薙刀となったそれは明久の両手に収まります。



「左様、……さて――、まいる」

 


 間合いは五歩と半。

 呟くと同時、明久が腰を落とし薙刀を構えました。

 

 ――瞬間、刃先が目の前に来ました。



「んなっ!?」



 突き、ただ真っ直ぐに薙刀を突く、しかしその動作、その初動が余りにも静かで、早く、

ヒロは反応できませんでした。五歩半の間合いはいくらリーチの長い薙刀でも二歩を詰めねば当たらない距離です、しかしその刃先はヒロの喉元にまで確かに来ました。



「……ほう、避けるか」



 ヒロが後方へと飛べたのは両脚の黒狼の鼻が嗅ぎ取った尋常ならざる殺気のおかげでした。両腕の紅竜も今の一撃に鱗を震わせヒロを叱咤しったします。



(くそ、厄介な足だな……)



 届かないはずだった二歩を埋めたのは、滑るように動くあの足です。

 鉄板を仕込んだ草鞋が本来の摺り足で詰める間合いを音も、動作も無く詰め寄る、無音の歩方ほほう

 全ての行動には初期動作があります、足、呼吸、重心。

 それらをまったく察知させない移動術による接敵、そして首突しゅとつ



「良い、久しくなかった高ぶりよ、のう」


「くっ……っ!!」



 再びの突き、それも今度は一度ではありません。

 さらに後方へ、後方へと逃れるヒロを追いかけ、放たれる五月雨の如き乱れ突き。 



「くそっ、スルスルと移動しやがって、てめぇはドムか!」



 某ロボットアニメに登場するMSモビルスーツに例えて悪態をつきながらもヒロはとにかく後方へと飛びます、しかし明久は両足にホバリングするかのように直進し、時には方向を変えヒロを壁際へと追い詰めてきます。


 そして先ほど自分が落ちてきた場所、城壁の石垣にまで後退させられ、後が無いヒロが叫びました。



()()()()()()っ!!」



 城壁の上、開けた穴よりメクルが銃を構えていました。



「こいつの力は恐らく磁力だ!! 銃弾は弾かれる!」



 ここなら充分にM9でも射程距離、必中と思ったメクルが引き金に掛けた指を止めます。



「わかった! でもその子には()()()()()! 胸部が開放骨折してる!」



 逆側の壁際、あの脚撃をもろに受けた少女へとヒロが視線を飛ばします。

 僅かに動いています、が、折れた骨が胸の外へ飛び出し、もしかすると肺にも刺さっているかもしれません。


 時間を稼げば照明弾の明かりを見た誰かが恐らく応援に来るでしょう、しかし少女に残されている時間は? 呼吸が止まるまで10分? 5分? それとも数十秒?


 ヒロの中ですべき事、助けたい者、優先すべき事柄がどっちなのかを逡巡します。



「メクル! スモークだ! ありったけ撃て!」



 叫びと同時に迫る明久に向けて砂利を蹴り上げました。


 威力は小さくとも磁力に影響されない石礫の一投は功を成し、明久の前進を僅かに止めます。

 その隙に、ヒロは続けざまに砂利を両手で握りしめました。



「ぬぅ……」



 ヒロの思惑に気付いたのか、明久は後方へと下がりながら、手にしていた薙刀を宙に投げるとそれを高速で回転させ始めました。そこへすぐさまヒロが投げた砂利の散弾が襲います。先ほどのように横に滑って避けるのではなく、薙刀を皿のように構えたのは、間合いの近さと同時に放たれた二倍の礫のため。


 後方へと滑り間合いをとり、的を小さくし空中で回転する薙刀が盾とするその判断の速さ、戦闘センスにヒロは思わずまた笑いそうになりました。



(つええ、本当につええよ、くそっ、もっとやりてぇ!)



 殆どの砂利は弾かれるも、運良くすり抜けた一粒がありました。



「ぐっ」



 僅かに一粒、しかしそれはしっかりと明久の瞼を打ちました。

 ダメージは軽微、しかし好機、ヒロは黒狼に加速を命じます。

 

 身体を前へ、風よりも速く、疾く奔れ!

 

 ヒロは飛ぶように前へ、明久の後方へとヒロは走り出しました。



「じゃぁな、おっさん、楽しかったぜ」



 すれ違い様に一言残し、ヒロは明久の後方へと抜けます。


 それを追うように壁穴から射出された円筒の弾が辺りへと転がります。

 メクルがランチャーに装填しておいた煙幕弾6発は、白い煙を吐き出しながら転がり、広場を煙で埋め尽くし、視界を遮りました。



「ヒロ! 応援の部隊が来るからそれまで逃げ回って!!」



 背後から聞こえるメクルの叫び声を聞きながら、ヒロは煙より早く少女まで走り寄ると、急いで抱きかかえます。


 迫る煙に振り返ると、黒狼が逃げろと主を促しました。


 煙の中、こちらへと迫る気配を感じ取ったのです。



「おいおっさん! 今日の喧嘩はお預けだ! また今度なっ!!」



 返事とばかりに煙の中から一本の脇差しが飛来しました。



「ちっ」



 少女を抱きかかえたまま、ヒロは飛んできた刀を宙へ蹴り飛ばしました。刀の腹に向けて蹴りを見舞うと、空中でかち合った狼脚の一撃に脇差しはパキリとへし折れました。



「化生の娘よ!! 楽しき喧嘩であったぞ!! それは礼だ! 受け取ったか!」



 やろう、言いやがるぜ、とヒロが叫び返そうとしましたが、黒狼が無理矢理主人を動かします。



「はいはい、わかってるよ、逃げます逃げます、あーくそっ」



 心配性の従者の忠告に従い、ヒロは少女を抱えたまま城壁の外へと飛び、夜闇へと紛れました。

 勝敗は引き分け、そういう事にしておきました。






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