夜の街
夜の帳が降りる頃、御影学園で一段と賑わうのは繁華街です。
学園各地に大小のモールや商店街はあれど、やはり一番の人気は学園街中央に据えられた大型歓楽街エリアです。
ありとあらゆるショッピングはもちろん、映画館、屋内レジャー施設、和洋折衷の食事処に、人気のナイトプールは今夜も満員御礼です。
ある者は学食に飽きて季節限定のファーストフードを求め、ある者は学業で、または部活で、委員会で、仕事で溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、仲の良い友達と、部活仲間と、同僚達と、今日の愚痴をこぼしながら歩道を横並びに進みます。
あるいはカラオケで気になる彼女にバラードを歌ったり、あるいはゲームセンターで人気の商品を狙ったUFOキャッチャーに勤しんだり、あるいは屋内スポーツ施設で余りある体力を使い切らんとフットサルやバッティングセンターで汗を流す。
老若男女少年少女達の好みに合わせて回り巡って煌めく万華鏡のように輝く夜の街、そんな賑やかな繁華街から離れるように走る一台のバイクがありました。
人気の少ない暗闇をヘッドライトで切り裂き走る黄色と黒のカラーリング、ヤマハマジェスティS、250CCのビックスクーターです。
バイクカラーに合わせたのかビビットイエローのフルヘルメットを被って走行しているのは、もちろん制服姿に着替えたメクルでした。
(うん、良い感じ、夜風キモチいいな……)
早くて軽くて良く曲がる、女の子にもお勧めだとバイク屋のマスターに進められましたが、そんな事より流線的なデザインと色合いの可愛さに惚れて三ヶ月前に衝動買いしたスクーターでした。
しかし買ってすぐに異世界ネピリウムへと旅立つこととなり、すっかりと買っていた事を忘れていました。ならばこれがバージン走行だとメクルは意気揚々と跨がりエンジンに火を入れ、マフラーの遠吠えにワクワクしながら我が家を出ました。
でも、ワクワクしたのも最初だけでした。
マスターの言ったとおりハンドリングは軽く、際どいカーブもなんのそのと運転のしやすさに普段なら上機嫌になれるはずが、今夜はそうもいきません。夜風に晒され興奮の熱が落ちると、やはり考えてしまうのは彼のことでした。
(だめだ……今は、今に集中しなきゃ)
焦りと不安、それらを追い払うようにメクルはアクセルを回しました。
目指す場所は市内にある報告のあった日本城です。
その名も『御影城』
日本の名城100選にも選ばれた本丸が完存する貴重な名城です。
戦国時代から何度も修繕されながら今も形を昔のままに残す御影学園内における観光スポットの一つ、しかし学園に在住するの若者にとっては特に用もなければ訪れることもまずなく、静かに佇む御影のシンボルというだけのものでした。
しかしそんな理由もあってか、夜は浮浪者が今度の宿代わりにと屋根を求めて彷徨いたり、酒や煙草を教師達に隠れて嗜む生徒達の隠場としては人気がありました。
俗に言うガラの悪い場所です。
しかし今日ばかりは悪い生徒も浮浪者も近づくことはしません、できません。
メクルが城へと近づくと、正門となる御影烏羽門周辺には赤く煌々と回転するパトランプが見えてきました。
警察です。ポリコウです、マッポです。
御影学園の一般的な治安を護る、一般的な警察官の方々の警察車両です。
そんなパトカー達が城を囲む内堀に沿ってぐるりと城を囲んでいるのですから、隠れて一服一杯を楽しもうなどと言う学生達が現れるはずもなく、代わりに野次馬となった一般生徒や学園関係者がスマホをかかげて何かを撮影しようと群がっていました。
野次馬が中に入らないようにと警察官は目を光らせています。
メクルはそんな野次馬を避けつつ正門の方へとバイクで近づくと、案の定ではありますが、警察官のお兄さんに赤い誘導棒で止められてしまいました。
「こんばんはー、学生さんですか? すみません、今ちょっとお城への立ち入りは」
「こんばんは、お疲れ様です、御影学園生徒会の依頼でやってきました」
「え、は、生徒会? なんで学園の生徒会がこんな事に首を突っ込むんだい?」
しまりました、若い警察官のお兄さんはどうやら新人のようでした。
普段ならこう言えば、どんな強面の警察官だろうと道を空けてしまいますが、この警察官のお兄さんは少し眉を潜めて首を傾げます。
「よくわからないけど、ここにバイクを止めたらダメだよ、さぁ帰って帰って」
突っ慳貪な態度にメクルは急いでいるのにと内心で眉を寄せながら、背負っていたリュックから手帳を取り出しました。
「この手帳、持っててください」
「え、あ、はい」
と、開いた手帳を警官のお兄さんに持たせながら、自分はヘルメットを脱ぎました。
「う、お……」
思わずお兄さんの口から漏れ出たのは感嘆の声でした。
バイクの上でヘルメットを脱いで現れたのが恐ろしく美人な女子高生だったのですから、声を漏らすのも無理はありません。
「御影学園生徒会執行部の依頼できました、図書委員実行部隊の綴喜メクルです」
開いた手帳の部分にはメクルの少し仏頂面の顔写真が張ってあります。
その写真に寄せるわけではありませんが、メクルも少しキリっと真面目顔になります。
どうぞ見比べて本人確認をしてくださいとお兄さんをまっすぐに見つめました。
「……で、なんでその、生徒会? 図書委員? がこんな所にくるのかな?」
しまりました、伝わりませんでした。
警官のお兄さんは手帳とメクルの顔をまじまじと見つめながら首を傾げます。
「あ、高等部の二年生なんだね、へぇ……俺も御影学園の卒業生だよ、部活は何やってるの? 運動系? スタイルいいねぇ、よくナンパとかされるでしょ?」
しかし今度はさっきまでの冷たい態度を改めて、むしろニコニコしながら少し馴れ馴れしい態度で警察官のお兄さんはメクルに一歩近寄ります。




