本編第二章 ~ 死者蘇生 レイズデッド ~
頬にこもる淡い熱、少し埃臭い本の匂い、遠くに聞こえる運動部の掛け声。
(夏の音と、夏の熱――、そう……ここは確か……)
倒れたドミノを一つ一つ起こして戻すように、意識が帰ってくるのを感じながら、最後のピースを起こして、メクルは目を覚ましました。
『御影ー!!』『『ファイオ、ファイオ、ファイオ』』
運動部の掛け声がはっきりと聞こえ出すと、ようやく現実感が戻ってきました。
背をを起こし椅子の背もたれに押しつけ伸びを一つ。
ぼやける視界をこすりあげ、欠伸も一つ。
「……んあ、ふぁぁぁう」
涙ぐむ視界のまま見渡すそこは普段と変わらぬ本の世界でした。
ファンタジーな意味ではなく、学園により購入された書籍が収められた背の高い棚々。
図書室。
陰る涙目を人差し指で払いながらメクルは貸し出し口のカウンター内で夢見心地のまま、
(……ちょっと遅くなったかな……何時だろ?)
足下の鞄から取り出したスマートフォンを取り出すと日付と時間を確認すると時刻は午後4時。
どうやら今回も無事に帰ってこれたと一安心したメクルの横顔に――、
「あの、すみません」
唐突な一声。まだ目が覚め切っていないメクルは思わずビクリと背筋を上擦らせます。
「え、あっ、はいっ!」
慌てて声に振り向くと、そこには一人の男子学生が立っていました。
シンプルな黒い学ラン姿、不評との噂ですがメクルはむしろ硬派で男らしくて格好いいと思っています。
今回に限っては着ている本人が自信なさげに背を曲げ、両肩も下げているせいで男らしさは皆無でした。
「ご、ごめんなさい、私つい居眠りを……お待たせしましたか?」
「? いえ、本を探していたので気付かなかったけど、それよりこれ借りたいので、お願いします」
そういって男子生徒が差し出したのは、最近図書室に入荷したばかりのライトノベルでした。
固い内容ばかりの本では図書室から人が遠ざかるのでと、メクルが学園側に頼み込んで入荷してもらったオススメの一冊。
「わかりました、すぐに手続きしますね、学生手帳を貸してもらえますか?」
「はい……どうぞ」
すこし寝ぼけていてもメクルは立派な図書委員。
手渡された学生手帳と本をICカードリーダーにおいて、すばやく貸し出し手続きをします。
「はい、これで貸し出しできます、期間は最大で二週間です、もし貸し出し延長したかったら御影アプリで延滞手続きできますので」
「ありがとう……それじゃ」
「あ、ちょっとまってください」
すぐに去ろうとする男子学生を呼び止めて、メクルは貸し出しカウンターの下を漁ると、一枚の用紙と一冊の本を重ねて差し出しました。
「……これは?」
「ええっとですね、現在図書委員では謎の文芸部が書いた作品をお試しで配布していましてですね、よければ読んでほしいのですが……」
「え、いや、素人作品には興味ないかな」
「プロの作家ではないですけど、それでも面白いですよ! も、もし読んで感想文なんかをここに持ってきてくれたら、なんと食券三日分と交換するってサービスをしてます、一言でもいいんです、もし紙に書くのが面倒だったら私に直接お話をしてもらっても食券をプレゼントします、いかがでしょうか?」
できるだけ優しい営業スマイルを浮かべながら、怪しい勧誘にならないようにメクルも努めます。
男子学生は少し悩むように眉を寄せ、やがて、
「直接感想を言ってもいいのなら……」
そう言って、男子学生は用紙と本を受け取ってくれました。
「それでこれ、どんな話なんですか?」
「え? あー、えーっと……」
その質問にメクルは少し考えるように腕を組み、眉を寄せました。そして、
「これも異世界物のラノベです、主人公はすごい力を女神様に授かり、それはもう強かったのですが、とある事件でその力を失い、愛する物のためにまた1から努力をしていく……、みたいな話で」
「へぇ……なんかよくある展開って感じだ」
「それだけ愛されてる展開ってこともあるので」
「ま、そうか、でも努力系主人公って所は好きかな」
「そ、そうですか! それはよかった……じゃぁまた後日にでも」
「じゃぁ、また今度」
そう言って男子生徒は図書室を去っていきました。
彼の背中を見送ってからメクルは改めて一息つきます。
どうやら彼が本日最後のお客様になりそうでした。
(……さて、私も支度しないと)
残っている仕事を済ませようと席を立とうとした、その時でした。
コンコンと、扉を叩く音がして、視線を上げて見れば
「よう、起きたか」
既に開けっ放しになっている扉をノックした人物がこちらを見ていました。
「おつかれさん、ずいぶん遅いから迎えにきちまったぜ、メクル」
美女、美少女、美人、そう形容するのに誰も躊躇うことはない、長身の少女がそこに立っていました。
青い瞳に陶器のような滑らかでいて白い肌、翡翠色の瞳はイギリス人の父から、日本人離れした容姿はスェウェーデン人の母から遺伝子を受け継いだ純海外製の風貌。
家柄も確かな音楽一家生まれのお嬢様。
なのにその格好ときたら上下ジャージにTシャツ、シャツには英語で『この野郎、食らえ俺の音楽!』とかかれています。
胸も大きいので『この野郎』の部分だけが無駄に強調されています。
さらに上のジャージに至っては暑いのか袖をクルクルと巻き込んで肩を出しています。
ダサイです、かなりダサイです。
そんな個性的な出で立ちでメクルを見下ろす図書委員の一人、
「ごめん、おまたせ、ヒロ」
皇ノ火色、ヒロが気怠げそうに腕を組み、
「別に待ってねぇよ、あぁいや、俺は待ってねぇ」
と、一言付け加えると身体を半身反らすと、
「…………おかえり、メクル」
そんなヒロの後ろから、もう一人少女が現れました。
夕焼けの際、夕と夜の境目のような薄紫髪の少女、マフラーをマスクのように巻きつけた茶色のダッフルコート姿の少女は眠たげに目をこすりながら
「遅くなってごめんねピーシー、ちょっと色々やることが残ってたから……時間的にもう眠いよね、ごめん」
「てか早寝過ぎだろ、いくら夜型つってもよ、っておい」
ピーシーと呼ばれた少女は虚ろ気な目をしばつかせながら、眠気にふられてゆらりゆらりと小さく揺れ、そのままヒロの背中へと移動するとボスンと頭を押し付け姿を消してしまいました。
「なに人の背中を枕にしてんだよ、てかあちぃ、何度になってんだよ体温」
ちなみに季節は夏です。ダサくとも季節感を正しく捉えているのはヒロの方です。
「疲れてるんだよ、向こうでも一番働いてくれたから、まだ放熱が終わってないんだと思う」
「んじゃこの暑苦しい服を脱がせて裸で廊下にでも転がすか、ちったぁ冷えるぜ」
悪戯気に頬を吊り上げ、にししと笑うヒロの冗談にメクルも少し眉をあげ、
「それ名案だね、でももっと良い案があるから、その作戦は第二案ってことで」
「へぇもっといい案ねぇ……てかよ残業してたんだろ、こっちでの15分、向こうでなにしてたんだよ? ……、いやまて、まさかあいつに――」
何か思い当たるものがあるとヒロの目線が強くメクルを捉えると、
「あ、う……ちょ、ちょっとした後書きを」
「やっぱりかよ、後書きって……あんなクソ強姦野郎のためにわざわざ書き足してきたのか? 世話好きだなぁほんと」
「……うん、あのままじゃ可愛そうだし、あ、それよりピーシー」
名前を呼ばれ、まだ眠たそうに目を細めたピーシーがヒロの背中枕からひょいと顔をだし、
「……ふぁに?」
「田中君の記憶のコピーは上手くできた?」
「できてた、データ、演劇部へ、でも」
「コピーはコピー、劣化してるよね、わかってる、じゃぁとりあえず報告に行こう」
「だな、今回の報酬も貰わないとだ、なんだかんだで三ヶ月は長かったしなぁ」
「……でも、任務、失敗、報酬、ある?」
「いや失敗じゃなくね? うん、まぁどうだろな……微妙なとこではある」
「命令違反を言い出したのは私だし、覚悟はできてるよ、大丈夫、処分は私が受けるから……じゃぁいこうか」
メクルは足下に置いてあった学生鞄を掴むとカウンターの上に貸し出し休止中の札を立ててから、三人は図書室を出ました。
これから色んな後処理が待っていますが、まず目指すべき場所は『会長室』
きっと怒られるだけじゃすまないのだろうと、重くなる両足を前に出して、メクル達は廊下を進みます。
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