悠久
山に、登った。
ずいぶん、久しぶりの登山だ。
若いころは、よく登った地元の山。
険しい山道で、何度もケガをして、何度も痛い思いをして、登った、山だ。
最近の山ブームもあってか、今日の登山者は、多い。
…私が登っていたころは、人気は、まばらだったというのに。
年を重ねてから登る山は、昔を思い出し、ノスタルジックな気持ちを高揚させる。
連なる山々を望み、私は悠久の自然を感じ、長い、長い時に、思いを馳せる。
ここには変わらぬ、ものがある。
私はこんなにも、年を取ったと感じているのに。
なんと人とは、移りゆく時間にもろく、はかないものなのだろう。
大岩棚の渓谷に、間もなくたどり着くはずだ。
険しい岩肌が続く、この渓谷は、若かりし頃何度か怪我をした、危険な箇所。
年を取った今、無事に抜けることが、できるのか。
あの岩肌は、なかった。
何人もの肌を傷つけてきたであろう険しい岩肌は、長い時を経て、人にやさしい、岩肌へと、形を変えていた。
何人もの肌を傷つける度、その険しさは、やさしさを纏い、姿を変えていったのだ。
岩が、やさしさを纏った事実に、悠久の時が、意外と人と近いことを、知った。
頂上に、たどり着いた。
ああ、頂上の風景は、やはりあの頃と、変わらない。
どこまでも続く、真っ青な、空。
時折雲が流れて、表情を変える様は、何年たっても、私の心に染み入る風景だ。
この空は、人類が歩みを始めたころから、何一つ変わっていないのだろうな。
空の青さに、悠久の時を、ひしひしと感じる。
ああ、人は、人は…
「ぎゃはははは!!うわーめっちゃきれー!!すごーい!!」
「ちょ!!マジ疲れたんだけど!!」
「おお、いいねえ、インスタ、インスタ!!」
感動する私の背後に、騒がしい集団がやってきた。
なんという、場違いな、騒がしさだ。
せっかくの雰囲気が台無しじゃないか…。
「この山もさ、登りやすくなったことね?」
「めっちゃ整地されたもんね!!」
「ごつごつ岩もさあ!めっちゃ削られたじゃん?そういうとこだって!」
「確かに、確かに!文明、チョーすげー!!」
「ちょ!文明って、マジウケんだけど!!!」
悠久の自然は、人の手によって、無残にも改悪されていたらしい。
何という事だ…。
しかし、この空は、変わらず、美しく。
「あ!!航空ショー始まるよ!!」
「お!!マジか!!スマホスマホ!!」
青い空に、ド派手な爆音が鳴り響き。
飛行機が次から次へと飛んでくる。
登山者が多いなと思ったら、こういう事だったのか!!!
私は思いを馳せた青空は、文明の証が飛び交い、白い軌跡をいくつも描いた。
悠久だと…?
くそくらえだ!!!