キミが生きているということ
キミが生きているということが
どこかの誰かの希望となっている
キミが気付いていないだけで
キミの幸せを願う祈りは
確かに灯となっている
どうか信じてほしい
どうか絶やさないでほしい
キミ自身が持つ 生命の輝きを
「はあ…はあ…はあ…」
俺は駆けだしていた。
全てはあいつのために。
あいつの絶望を、祓うために。
怨嗟のような、悲鳴のような低いうめき声を上げるこの黒い霧共を、白光した刀を振るい、祓っていく。この右手に握る光る刀。これが奴らの唯一の弱点。この刃に触れた黒い霧共は、その体の色を反転させ、煙のように消滅していく。それでも、奴らは無尽蔵に現れる。
「くそっ!キリがねえ…」
カンカンカンと、足でタイルを蹴る音がやけに響く。もっと速く、もっと先へ。そうでなければ間に合わない!
自ずと廊下のタイルを蹴る力が強くなっていくのが分かる。俺の心臓の鼓動も次第に早くなっていくことも。
間に合え、間に合え、間に合え、間に合ってくれ…
とにかく早く、あいつのもとへ。
今の俺にはそれしか考えられなかった。
それでも、黒い霧共はあいつへたどり着くことを許さない。
「どけええええええええええええええええええええええ!!!」
俺は霧共に咆哮し、駆け出しながら刀を振るった。縦に斬り、上半身の筋肉を駆使し、その軌道を無理矢理変えて横なぎ、回転、下から上へ…全身の筋という筋を駆使し、突進しながら目の前の敵をとにかく速く斬っていき、まるで海を渡るモーゼのように前へ進む道を切り開いていった。
そうして辿り着いたのは、校舎屋上。
お昼には花壇が置かれた見栄えのいい子の場所、学生の子たちが昼食を食べに訪れる格好の場所も、夜闇に覆われているこの時間ではいささか不気味さを感じ取れる。そこでようやく俺は「あいつ」を見つけた。
しかし、あいつは既に屋上の柵を飛び越えて、あと一歩ですべてが終わるという段階まで来てしまっていた。俺はたまらず声を上げる。
「…やめろ。行くな。行くなよ。おい…おい!やめろ!やめろおおおおお!」
あいつの足が震えているのが分かる。まだためらっているのだ。今ならまだ…
そんな俺の期待を踏みにじるかのように、また黒い霧共が湧いて出てきたのだ。
怒りと焦燥に駆られた俺は、再び前へ駆けながら刀を振るい、祓っていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
叫びながら力任せに刀を振るい、俺はあいつの下へ駆けだす。一歩でも多く、あいつへと身体を近づけようとしていた。
あいつは、夜空に浮かぶ満月を見つめていた。
あいつは、それを見てうっすらと、自嘲的な笑みを浮かべ、その目に涙を浮かべていた。
「…」
その距離からでは何を言っているのか分からなかった。
それでも俺がやるべきことは変わらなかった。黒い霧を祓いながら、あいつの手を取り、そのばかげた決断を止めてやる。それだけだ!
前に立ちはだかる霧を祓っていき、着実に歩を進めていく。もう目の前に映る霧はない。俺は空いた左手をあいつに伸ばしながら駆けていく。
やがてあいつは、左足を前に出し、そのまま床の無い場所へまっすぐに吸い込まれていった。
俺の伸ばした手は、あいつの腕でなく、何もない空を掴んでいた…
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
あいつを救えなかった怒りと、生を諦めてしまったあいつへの悲しさとがないまぜになって、俺はその場に崩れ落ちて、ただ、叫ぶしかなかったのだ…。
俺はどれだけ意識を失っていたのだろう?目覚めたここは何処だろう?さっきいた学校じゃないのは確かだ。分かるのは、ここがとても不愉快で、気持ち悪くて、耳障りな声…というよりももはや「音」と化している音が四方八方からこだまして、精神的に不衛生である空間であることだ。そんな耳障りな音を注意深く聞くと、
「死ね」
「ウザい」
「消えろよ」
「何で生きてんの」
「うわっ!きったねえ!」
「ゲロくせーんだよオラ!」
嘲笑めいた、集団が放つ罵詈雑言のように捉えられた。
見渡す限り、黒。黒。黒。
そんな闇の中で、俺は気づいた。
「あいつ」の存在だ。
そう、「生」を手放したあいつ!屋上から飛び降りたあいつはまだ生きてる!それだけは身体の奥で感じ取っている。その存在が感じる方へ、一歩一歩足を運ぶ。
何故あいつを感じ取れたのか?それはおそらく、ここがあいつの意識の中だからだ。この周囲から聞こえる耳障りな音の正体は、あいつが聞いた、自分を中傷する言葉だろう。
そんな数多の音に耐えながら俺は進み続ける。前後左右を暗闇が支配するこの空間で、俺は進んでいく。
どれだけ歩を進めたかは覚えてない。今言えるのは、あの音のせいで俺自身が参ってしまいそうになっているという事だけだ。地震が起こる直前に聞こえる低周波音のような低い音に、ガラスを引っ掻いたときに鳴るような高い音。しかもそれが「悪口」という言葉にも聞こえてしまうのだからたまったもんじゃない。
そんな風に精神が少しずつやられていたが、その疲労は吹き飛ぶことになる。
そう、あいつとの再会によって。
あいつは膝を抱え、顔を俯かせていた。
この空間だけは、暗闇の中に灯されたろうそくの明かりのような優しい光を放っていた。
こいつはどれだけの傷を負ったのだろうか。気がかりなところはたくさんある。だが、今は関係ない。こいつをどうにかしてやりたい。生を諦めたことに一度説教の一つでもしてやらなきゃ気が済まない!
「…よお」
ビクッ!と、声を掛けられたあいつは身体を震わせ、声の主である俺の方を恐る恐る見やった。
「だ……誰……?」
相変わらず弱々しい声だ。自信というものを感じ取れない、いや、削り取られたような声だった。
「…分かるか?どうしてここにいるか。」
「な…何…いきなり…?」
この現状がよく分かっていないようだ。よく「ここはどこ?私は誰?」といった、記憶喪失の典型みたいな反応を見せていた。それでも俺はこいつに、自分が置かれている状況を知らせることにした。
「…自殺、失敗したんだよ、お前。」
その俺の言葉をきっかけに、しん…と静寂が走る。こいつは一生懸命自分の頭の中を整理しているのだろう。さっきまでの身体の震えが止まっている。するといきなり、電気ショックを受けたように身体を浮かし、言葉を恐る恐る発する。
「ま…まさか……死神?」
「誰が死神だコラ。」
開口一番に失礼な奴だな。
「だっ…だって……刀……」
震える手で、俺が腰に差している刀を指さす。
「刀持ってる死神がそもそもいるかっての…」
「それ、名前があって名前呼ぶと変形したり、もう一段回」
「どんな死神だそりゃ!てかそれ以上はヤバい!」
うん、ヤバい。億の金動かす企業とかが動きかねない。
「どうせ言うなら『黒の剣士』くらいに」
「それはない」
さっきまでのおどおどした態度はどこへ行った?おい。随分クールで切れのある口調で突っ込みかましたなあ、この野郎。渾身のアピールを遮りやがって。
「断言かよ。白い女剣士と恋に落ちたり他のプレイヤーの女の子のハートも」
「ていうか、それもヤバいでしょ…」
ピシャリとツッコまれて、色々と危なっかしいお話を止めた。ったく、人間てのはこんな事態になるまで追い詰められても自分というものを失わないらしい。
そろそろ本題に入ろうとした俺は、一度呼吸を整えた。
「…どっから話したっけ。そう、お前が自殺失敗したって話だ。分かるか?」
「…………」
俺の言葉に言葉を失い、うつむきながらこちらの顔を伺った。
俺は言葉を続けた。
「今お前の身体は病院のベッドでこん睡状態だ。バイタルサインはあるがお前の意識はこうして身体から離れてる。つまり…お前は生と死の間にいるってとこだ。」
こいつはそれを黙って聞いていた。いや、この現実に言葉が出なくなってしまったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような表情ってのはこういうのをいうんだろうな。目を真ん丸にして、開いた口は緩んで塞がっていない。だが、次第に表情は強張っていく。表情の筋肉は緊張を思い出したかのように引きつり、口元は震え始めた。おそらくあの時の、屋上へ飛び降りた記憶が蘇ったのだろう。そして、それに至るまでの「痛み」の記憶も。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
飛び降りた痛みを思い出したのか、張り裂けんばかりの絶叫を上げた。己の身体を抱いて身震いを起こし、はあはあと短い呼吸を繰り返していく。その全身には脂汗がびっしょりと付着していた。
それでも俺は、言葉を紡いでいく。
「…なんで自殺なんてした?俺が誰かなんてどうでもいいんだよ!何で自殺なんてバカな真似したんだって…」
言いかけた瞬間、奴の足元からあの漆黒の蒸気がブシュウウウウウウウウウウウ!と、けたたましい音を上げて発生した。
「・・・・・・・・・・うるさい」
「!?」
奴は呟く。これまで虐げられてきた悔恨、怨嗟、憎悪、絶望…それらの感情をぽつりぽつり、水滴を垂らすように。
「うるさい…うるさい……放っておいてくれよ…どいつもこいつも、どうしてボクを放っておいてくれないんだ…静かに暮らしたかったのに。静かに普通の学園生活を送りたかったのに…!死なせてくれよ…そんなささやかな願いも壊すようなこんな世界なんかで、生きたくなんかないんだよ…!」
奴がその負の言葉を発するたびに、瘴気は激しく噴出し、濃くなっていく。絶望を糧とするかのように、その瘴気はより黒くその身を染め上げ、悲鳴のような奇怪な音を発して俺に襲い掛かった。
「くそっ!こいつら!」
奴の周囲から出てきた瘴気は瞬く間に俺を囲う。前後左右、上下にも瘴気まみれであった。だが、立ち止まってはいられない。邪魔をするならばたたっ斬る。左腰の刀を携え、眼前の瘴気目掛けて踏み出し、居合抜きを繰り出していく。抜いた瞬間に一刀、そして瞬きも許さぬ速さで反対側へ一刀、そしてその反対側へ一刀。その勢いを殺さないように右の肩甲骨を駆使して頭上へ一刀。それを駆け出しながら刀を振り回していく。
「うおおおおおおおお!!!」
はたから見たら光の糸が俺の周りに張ったように見えているだろう。その光の糸を無数に生み出して周囲の瘴気を斬り払っていく。瘴気たちは甲高い悲鳴のような音を発し、左右に無理矢理破いた服のように体が引き裂かれ、霧散した。しかし、霧散した個所から幾度も瘴気は現れていった。居合抜きを再び繰り出すため再び納刀したが、その瞬間を狙っていたかのように一気に真下から瘴気が現れ、柄を持っていた右手に絡みついてきた。それに続き、背後、左腕、右腕と瞬く間に瘴気は職種のように絡みついていく。
「くっ…ぐううっ……」
やがて包帯を巻くように、その黒い瘴気は全身へと巻き付いていき、口までふさいでいく。
そして両目両耳も塞がれ、俺は視界を失った。
瘴気がまとわりつき、身体の自由が奪われていた。だが、五感はまだ生きているようだ。まだ俺には意識があるってのは意識できてる。
そこに突然、何かビジョンが見えてくる。何だこれは?誰なんだこいつは?
答えは明白。あの頃の、あいつだ。
一人うずくまって、寂しそうに泣いている、あいつ。
しまいには自殺にも失敗し、魂だけ取り残されているあいつだ。
「死ね」
「きもーい」
「だせえ」
「イラつく」
そんな悪罵が大音量で、四方八方にその音声は反響していった。うるせえ、発せられる一音一音が不快さの塊だ。そんなもんが耳を刺激し、不快さは脳にも浸透していって気が狂いそうになる。
これは、あいつが受けてきた「地獄」だ。
助けてくれる友達もなく、助けを求められず、一人で涙を流すしかない地獄。いわれもない誹謗中傷の山に言い返すこともできず、どうすることもできないあいつ。俺があいつを、直接助けられたなら…ふいによぎった考え。だが、それは叶わない願いなのだ。俺がそれを為せる存在じゃないから。ぐっと無力感に支配されそうになる。そうだ、これは、俺にまとわりついているあいつの心だ。助けが来ないことの絶望感、ずっとこのままなのかという不安感、ただ泣くしかできない悲しみ…。あいつは、ずっとこれに耐え続けていたんだ。
ここまで数多の悪罵を聞かされてきた俺だったが、この言葉には耐えられなかった。
「生きてる価値あんの?」
この言葉を聞いた俺は、全身の血流が爆発したかのようにドクドクドクッ!と猛スピードで全身を駆け抜けていくような昂ぶりを感じた。生きてる価値だと?ふざけるな。ふざけるなふざけるな!
「違う。…お前は無価値なんかじゃない。」
この悪罵とビジョンを生み出しているのがあいつなら、必ずどこかで見ているはずだ。今の俺の姿も。届けてやる。必ず!
俺はこの悪罵を打ち払うように、全身を駆使して声を張り上げる。
「なぜなら…そこにお前が生きているからだ!」
俺の全身が光り、まとわりついていた瘴気はボロボロと崩れ、光の中に溶けていった。
ようやく身体の自由を取り戻した俺は、再び左腰に携えた刀の柄に手をかけ、眼前の、まだ消えていなかった瘴気の塊めがけて、一文字を描くように瘴気の胴体を上下に切り分けた。瘴気は切り口からボロボロと崩れていき、
「ギィィィィヤアァァァァァァァ!!!」
と金切り声を上げて霧散していった。
瘴気の気配が消えたこの空間は、まるで一個の電球が点いた個室のような、こじんまりとしたものだった。何か物があるわけではない、ただ、壁があるだけの無機質な部屋。
眼前の瘴気が消えた後、俺の目に映ったのは、あいつだった。さっき見せられたビジョンのように、うずくまっていたあいつだ。その顔は驚きの表情をしており、その両目は充血し、両頬には涙の跡が見えていた。
瘴気にまとわりつかれてた疲労感が一気にやってきて、俺は刀の鞘を杖代わりにして何とか立ち、俺は息も絶え絶えになりがらも声を張り上げる。
「惑わされるな。!無責任に強い言葉使ってくる奴らなんかに…。そんなもんは発情したチンパンジーの喚き声くらいにどうでもいいんだよ!人の痛みを知ろうとしないで言葉の暴力ばかり振るう奴らの価値観なんか、それこそ無価値なんだよ。そんなもんよりも、お前を慕ってくれる奴らのことを思い出せ!」
あいつは目を見開いていたが「言ってることが分からない」という顔であった。そりゃそうだろうな。お前はずっと独りぼっちだと思い込んでたわけだからな。そういう面になるのも分からねえでもねえさ。けどな
「…いるんだよ!そんな奴が。俺の存在が、その証明なんだよ!」
そうだよ。俺は、そういう存在なんだよ。
「…お前が生きていることが、誰かの希望になる。お前が死ぬってことは、誰かの希望を砕くことなんだぞ。お前は無価値なんかじゃない。それに、本気で死にたがってる人間に、俺の存在は届かねえんだよ。」
「嘘だ!」
あいつが叫んだ瞬間、またしても瘴気が俺を囲んでいく。だが、さっきのような脅威は感じられない。まるで残りカスを絞り出したような弱々しい雰囲気がある。取り囲んでいる瘴気を、俺は居合抜きをもって斬り裂いていく。右へ、左、切り上げ、切り下ろし。瘴気はバラバラに裂かれ、あっけなく霧散していった。
「…そいつらにお前の価値を決める権利があるのかよ!神様気取りか?人間なんて、ひとりひとり違うから面白えんじゃねえか!みんな違って当たり前なんだ!みんながみんな同じって方が気持ち悪いじゃねえか!そんな狭苦しい価値観が人を殺すって自覚あるのかよ!何でこいつが死ななきゃならない?将来を諦めなきゃいけない?一生懸命生きた結末を、こんな絶望で終わらせんじゃねえ!」
あいつは俺を見つめている。その瞳は再び涙をため込み、俺と目が合った瞬間、その涙は決壊し、ポロポロと頬を流れていった。俺は言葉を続ける。
「あんなゴミ野郎共に負けんじゃねえよ!てめえの価値はてめえで決めるもんだろ。自分を愛せないまま、自分に絶望したまま死ぬなんて、あんまりじゃねえか。」
言葉を発しているうちに、俺の目にも熱いものが込みあがってくる。そうだよ。自分の価値は自分で決めるものだ。それなのに、自分で自分を要らない人間なんて決めつけるなんて、あまりに悲しすぎるじゃないか。
俺は刀を抜き、見つめる。眼前に映る、絶望でうずくまる存在を。
「…力抜け。とびきりのもんを届けてやる。」
俺はためらいなく右手の刀を、その存在の心臓めがけて突き刺した。
「うぐっ!!」
思わずうめき声を上げられたが、やがて「?」という顔になり、次第に目を見開いて驚愕の顔になる。
「これは…」
「痛くねえだろ?これは祈りの刀。絶望を祓い、人の生きる意志を強くするもんだ。伝わってくるか?お前の友達が、家族が、お前のことをどう思ってくれてるか。お前が死んだら、その思いすら砕いちまうんだぞ?だからもう…」
こいつには聞こえているはずだ。この祈りの刀から出ている、無事を祈る声が。
両親だけじゃない。遠方にいる友達も、小学校時代のあの先生も、お前のことを聞いて祈ってくれている。この刀はそんな祈りから生まれるものなのだ。
「どうか生きていてくれ。お前は誰かの希望で、お前が生きていることが、俺の存在意義にもなっている。そして約束してくれ。『自分に生きる価値はない』なんて、自分で自分を貶めることはしないって。どんなに世界が残酷でも、必ず光は残ってる。目の前が闇に包まれたら…俺を思い出してほしい。俺は絶対に、見捨てない。手は差し伸べられないが、俺はどこにでも存在できるから。忘れないでくれ。常に俺はお前とともに…」
祈りは、届いた。
「ごめん…ごめん…ごめん…」
こいつはあふれんばかりの涙を流し謝り続けていた。何度も何度も、表情をくしゃくしゃにし、身体を震わせ、握りこぶしを作って泣き続けた。そして、身体に刺さっていた祈りの刀は彼の中に入っていき、その刀を取り込んだ本人は全身が輝き、やがて光そのものとなって、還るべき場所へ還っていった…
俺が経っているのは、とある病院の向かいにある、ビルの屋上。
そこからでも見える。還る場所へ還れた、あいつの顔が。
あいつは個室のベッドで目を覚ました。そこを囲うのは、あいつの両親と、遠方からやってきた友達。
祈りの刀を作った、あいつの仲間たちだ。
「…どうやら、きちんと戻れたみたいだな」
あいつはあの時のように、また泣いていた。そんなあいつに抱き着く友達と両親。そして彼らもまた、あいつと同じように顔をくしゃくしゃにして泣いていた。悲しいときに悲しみを一緒に背負ってくれる。笑えば一緒に笑ってくれる。ほらな。いたじゃないか、お前にも。
「…戦え。何度ゲームオーバーになっても、何度も懲りずに立ち上がってくれ。人が俺を忘れない限り、俺も何度も、戦える。だから忘れないでくれよ。…常に希望は傍にあるってことを。」
そう俺は独りごちる。この言葉が届かなくても、あいつはきっと、このことを通じて分かってくれていることだろう。やがて自分の表情が緩んでいたのを自覚した。そうだ、俺は、いつでもお前のそばにいるからな…
ズバン!!!
後ろに構えていた瘴気を、一瞥もせずに居合の下に一刀両断した。
そうだ。こいつらは、どこにでも存在する。
俺がどこにでも存在できるように、こいつらもまた…
だが俺は、歩みを止めたりしない。生きようとする人間がいる限り。
もうあいつは大丈夫。もう、振り返る必要はなくなった。
「さあ、きやがれ絶望。俺が人間の、心の最後の砦だ!」
俺はニッと笑みをこぼし、眼前に存在する黒き瘴気「絶望」へと、駆け出して行った。
―おわり―
キミに「それ」が見えなくとも
「それ」は常にキミのそばにある
キミが闇の中に堕ちていたとしても
キミに気付かれなくとも
キミのために「それ」は輝き続ける
どうか忘れないで
「それ」の名前は……