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6-旅の仲間をGET

 悠斗が勇者と呼ばれて一夜が明けた翌朝。

 悠斗は寝不足だった。何故かと言えば――。


「お、おはようございます」

「ひっ」

「い、嫌ぁ」


 怯える彼女らの目が常に悠斗を見つめていた。助けたはずの彼女らに怯えられていたのだ。ちょっとしたショックである。

 そのショックから眠れなかったのだ。 


 彼女らが奴隷商人に買われたのは確かだろう。そして奴隷商人に買われたとなれば、十中八九、体を売る商売に就かされるだろう。

 この先一生、愛してもいない男に抱かれ、身も心もボロボロになる運命が待っている。恐怖すら感じ怯えていると、自分たちを乗せた馬車を襲う盗賊が現れ、奴隷商人と少ない護衛が目の前で殺された。かと思えば、突然森から出てきた悠斗がその盗賊たちを銀色の板に吸い込んで行ったのだ。

 恐ろしくない訳がない。

 女として辱めを受け凌辱されるのか、それとも悪魔の儀式の生贄にされるのか。

 故に女たちは悠斗に怯えた。


 そんな彼女らと対照的に、あのエルフだけは悠斗に好意的だ。


「おっはよう勇者殿。よい朝だな」


 元気よく起きてきたエルフは、朝の陽ざしの中でその髪色が白銀だったことが分かった。


「お、おはようございます。ところであなたは誰ですか?」

「む? 自己紹介は――そうか。していなかったな。はっはっは」


 手を腰に、胸をのけぞらせドヤ顔のエルフさん。

 彼女は昨夜、高笑いをして悠斗を『勇者殿』と呼んだあと、欠伸をしてそのまま倒れるように眠ってしまったのだ。

 女たちはそれを見て、悠斗の魔法によりエルフの魂が抜かれたのだと思っていた。もちろんこの事は悠斗の知るところではない。

 今、エルフが起き上がってきたことで女たちの警戒心が米粒ほど解かれた。


「では自己紹介といこう。私の名はルティーシア・ヴァーラント。ルティと呼んでくれたまえ」

「はぁ……自分は葉月悠斗です」


 ルティと名乗ったエルフ女の口調は、どうにも外見と一致しない。

 服装はアレだが、その顔は紛れもなく美しい。大人の女性というには幼さの残る、美少女と言っても差し支えが無い程度の年齢に思える。そこはエルフなので実際年齢が外見に比例しているとは思えない。

 そんな美少女然とした目の前のエルフの口調は、ちょっとお茶目な紳士風だった。

 服装もそうだ。男物と思われる黒いコートにズボン。

 もしかしてこのエルフは男装のつもりなのだろうか? 巨乳というほどではないが、形よく膨らんだ胸があって男装は難しいのではなかろうか?


 悠斗は敢えてそこには突っ込まず、昨夜、何故彼女が自分の事を『勇者』と呼んだのか尋ねてみた。


「あの、私が勇者というのは、いったいどういう事なんでしょう?」

「む? 勇者殿は忘れてしまったのか。まぁあれから300年経ったのだから、仕方ないか」

「さんびゃく?」

「んむ。勇者殿は300年前、私の命を救ってくれたのだ。強いてはエルフの隠れ里をな」


 なんでもルティが幼い頃にはこの世界に大きな戦争があったようだ。その戦争で、彼女の故郷がオークの群れに襲われた。

 ここで悠斗は気づいた。

 1000回の転移で戦ったオークが、まさにその時のオークだったのだと。そしてあの時救った幼子が目の前のルティだと。

 

「思い出してくれたようだ。あの時勇者殿が居なければ、廃墟の向こうにあった我らの隠れ里は、オークの軍勢1万に囲まれ全滅していただろう」

「い、1万!?」


 そんなに居たっけかなと思いつつ、途中からは1度の転移で20匹以上倒すようになっていた。

 例えばその回数が100回だとしても、それだけで2000匹は倒していることになる。1000回の転移だ。1万匹倒していても不思議ではない。


 訳も分からずただがむしゃらにオークを倒していただけだったが、それは誰かにとっていい行いだったようだ。

 悠斗は自分を誇らしく思いつつ、横をチラリと見れば怯える女性たちの姿が目に入る。


(はは。片や勇者だなんだと感謝され、あっちじゃ悪魔神官か何かに勘違いされ恐れられ……なんだろうなぁ、これ)


 異世界転移ってこんなんだっけ? と首を捻りながら悠斗はこの後どうするか考えた。

 考えた結果――。


「みなさんを故郷にお連れします。幸い荷馬車と馬も居ますし、これに乗って行きましょう」


 それにはまず、荷馬車の上に乗った檻が邪魔だ。どうにかしてこれを下ろさなくてはならない。

 そこで悠斗が取った行動が、タブレットによるアイテムのダウンロードだ。


「大きいけど、入るかな?」


 タブレットの画面を檻にくっつけると、あっという間にそれは消えた。


「きゃぁーっ」


 目の前で檻が消えた光景に女たちが悲鳴を上げる。隣でルティひとりが興味深そうに悠斗の持つタブレットを覗き込んでいた。


「見たことも無い文字だな」

「え? そうですか? 日本語で書かれているだけなんですが……あ、そうか……」


 ここは異世界。この世界の住人が日本語を理解していなくて当然だ。

 自分の故郷に伝わる古い文字です――などと適当な嘘を並べ、悠斗は身軽になった荷馬車に馬を繋げ――ようとしたが、どうすればいいのか分からない。

 するとルティが変わって馬を荷馬車に繋げていく。

 重たい檻を運ぶためだろう。荷馬車は二頭立て。その分幅も広い。


「勇者殿は馬の扱いは?」

「あ、いえ……まったく経験がありません」

「ん。では私が御者台に乗ろう」

「あ、自分も――」


 怯える女性らと一緒に後ろに乗れば、彼女らは恐怖で落ち着けないだろう。そう思って悠斗はルティの隣に座ることにした。

 森に隣接する道を荷馬車に揺られてゴトゴトゴト。悠斗たちを乗せて行く。

 見えるのは木・草・土・時々岩。

 そしてエルフ。


 ふいに彼女が振り向き悠斗と目が合う。すると彼女の顔は真っ赤に。


「ふぇっ。な、なんだ勇者殿。なにかようか?」

「いえ……と、特には」


 そんな風に頬を染められると、悠斗まで恥ずかしくなってくる。

 何か話題は無いか。気を紛らわせる――そう思っていると、満たされなかった腹の事を思い出した。

 

 朝食は盗賊たちが持っていた物を頂いたが、お世辞にも美味しいとは言えず。

 悠斗は昨日取った桃をみんなに配って回った。


「お、美味しいですよ。ほら」


 毒味と言わんばかりに自ら桃を頬張る。ルティも躊躇うことなく桃を口に運び「美味いっ」と一言。

 森を愛する種族であるエルフが言うのならと、女たちもおっかなびっくり桃を口へと運んでいく。

 そうして食べた桃は甘く、彼女らの心をほんの少し溶かしてくれた。


 簡素な食事が終われば移動を開始する。

 盗賊らが持っていた――奴隷商人から奪った金品も全てタブレットにダウンロード済。

 移動を開始してすぐ、人気の少ない林道でいくつかの死体を発見した。


「奴隷商人どもの死体だろう。放っておけばいずれ動物たちが処理してくれる」

「え? そ、そんな感じでいいんですか? 警察に知らせたりは――」

「けいさつ?」

「えっと、衛兵とか……」

「あぁ、衛兵か。何故?」


 御者台で馬の手綱を握るルティは、心底不思議そうな顔で悠斗を見つめた。


「死体があった。そう報告したところで、衛兵は何もしないぞ。まぁ死体がどこぞの貴族や王族なら慌てるだろうがな」

「そう……なんですか」

「勇者殿のがどうだったか知らないが、こちらはそんなものだ。もちろん町中に死体が転がっていれば、ある程度の調査もされるだろうがね」


 馬車はそのまま進んで行く。

 昼過ぎには小さな村へと到着し、ここで2人の女が馬車を降りることになった。

 

 娘が戻って来た事で喜び駆けつける親たち。だが同時に複雑な心境でもあった。

 金がない。だから娘を売ったのだ。その娘が逃げ帰って来たとなれば、奴隷商人に何をされるか分かった物ではない。

 だが実際は事情が違う。


「安心してください。あなたの娘さんは逃げて来た訳ではなく、奴隷商人が盗賊に襲われ殺され、その盗賊を私が成り行きで退治したのです」


 その盗賊は今もタブレットの中に居る。さて、どうしたものか考えなければならない。だがまずは女性たちを送り届けることが先だ。

 逃げた訳でも無ければ、お金を返す必要も無い。奴隷商人は林道で死体になっているのだから。

 そう悠斗に説明され、親たちは安心して再会を喜んだ。

 それから落ちていた金品のいくつかを村へと提供。これには村人全員が喜んだ。


 次の目的地へと向かう最中、ルティは悠斗へと問う。


「せっかくの金品を、何故村に?」

「うん……たぶん、なんですが。彼女らは家の事情だけで売られた訳じゃないと思うんです。もしかすると村全体が貧しく、代表として売られたんじゃないかと思って」


 振り返り馬車を見れば、小さく頷く女性も居た。

 きっとこれまでも村の為に売られた娘たちは居るだろう。彼女らだけが助かったとあれば、良く思わない者たちも居るかもしれない。

 自分が去ったあと彼女たちが村人から虐められることがない様に、悠斗は先手を打ったのだ。

 彼女らが戻って来たからこそ、一刻とは言え村が潤ったという事実を作るため。


 それを聞いたルティは目を丸くした。

 この男はどこまでお人好しなのだろうかと。そしてこのお人好しをひとりにしてしまっては、きっと長くは生きられないだろうなとも。

 だからこそ自分はここに居るのだ。

 300年間ずっと探し続けた勇者に、生涯をかけ恩返しするために。

 

 ただ彼女はちょっとズレてしまった。

 当時言葉の通じなかった彼女が唯一理解できたこと。

 それは――1000回にも及ぶ転移によってハイになった、悠斗の高笑いだった。

 300年前に見た勇者=悠斗を敬愛するあまり、彼のようになりたいと願ったルティは、当然あの高笑いを真似るように。

 その結果が今の彼女である。

本日の更新はここまで。

続きを読んでもいいぞという方は、ぜひとも応援の程よろしくお願いします。

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